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2012年10月30日22:56

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アンダーグラウンドについて

アンダーグラウンドといいうものはアートに限らず、音楽や演劇や映画や文学、こと思想や表現のあるところには存在するものである。

表参道で開催していた4日間のアート・フェアも今日でおしまい。
画廊のディレクター30人がそれぞれのブースを担当するという興味深い企画。
われらがヴァニラ画廊の美女田口葉子女史も参加。
期せずしてヴァニラが如何に突出しているかを知らしめることになった。
ただ、初日に私が行ったときには、残念ながら田口さんのブースは盛況とは言えなかった。
4日間でどうだったのだろうか。
人の流れが変わる可能性はある。そうでなかったにしても、遠くから見ていた人はいたに違いない。そういう意味では比較的大きな作品を展示していたのは正解だったと思う。

ヴァニラ画廊は異端である。それはヴァニラにとっては褒め言葉だろう。
しかし、異端ではあってもアートの本質をついた画廊であるのもまた事実だと思うのだ。
ヴァニラの推す作品は作家が自らの闇や情念と向き合ったものが多い。表現方法や手段は様々でもそうした点は共通している。
ゆえに陽気でハッピーな作品は少ない。自己とのせめぎ合いから生まれた作品は、見る者に対峙することを要求する。
ヴァニラ画廊はアンダーグラウンド・アートの聖域なのだ。

会場を一回りして感じたのは、軽い作品が多いということだ。
キレイだなあ、おもしろいなあ、で終わってしまう作品のなんと多いことか。
それが今の風潮なのかもしれない。ライトな感覚というのは必ずしも悪いとは思わないが、そういうものばかりが多くなるとちょっと困ってしまう。

もちろんアートに何を求めるかは人によって違う。その価値は個人によって異なる。なのでこれは飽くまでも私個人の感想である。よって私と正反対の感想を持つ人がいたとしても、私はその感性を尊重するのにやぶさかではない。

田口さんのブースに飾られていた作品のようなものはほかには存在しなかった。
朝倉景龍氏の等身大よりちょっと大きな裸の少女。
福山フキオ氏のもの悲しげな瞳に宇宙を宿す少女の顔。
山下昇平氏のクトゥルーの世界を思わせる造形。
ぴんから体操氏の鮮やかでユーモラスなユートピアの世界。
水元正也氏の敢えて歪んだ表情を描く写真のようなリアリズム。
そして、たま女史の色鮮やかなファンタジーに包まれた甘い毒。
そのような作品はほかにはなかった。
誇り高きアンダーグラウンドの帝王たち。私にはそう見えた。

異端で強烈で背徳的で過激でとんがっていて、そして本物だ。

ヴァニラがアートフェアに参加した意味は大きいと思う。
田口さんは選択に苦労したろうと思う。ああいう場での公開に耐えつつ、ヴァニラの個性を表すような作品。線引きが難しかったことだろう。
私としてはたまさんの作品が展示されていたのは嬉しい限り。もちろん、たまさんはヴァニラを代表する作家のひとりだ。

アンダーグラウンドは結果としてアンダーグラウンドなわけであって、アンダーグラウンドのままであっていいわけはない。
表現者として作家は自分の作品が多くの人に観られることを望むはずだ。
そして画廊にはその作家や作品を世に出す務めがある。
ともすればアンダーグラウンドの世界は閉鎖的で排他的なものになりやすい。それはそれで心地のいい世界ではあるが、長い目で見れば良いこととは言えない。世間にアピールする場があればそうすべきなのだ。
なので今回の出展には価値があると思う。

今度田口さんに会ったときに、4日間どうだったのか訊いてみることにしよう。

さて、最後に宣伝。。。
11月19日(月)から12月1日(土)まで(日曜休廊)、ヴァニラ画廊にて少女主義的水彩画家たまの個展『Lost Garden』が開催される。昨年の『Epitaph』のときよりも強烈な作品が多いらしい。
http://www.vanilla-gallery.com/archives/2012/20121119.html

なお、個展に先立って11月10日(土)に画集『Lost Garden』が出版される。出版社のサイトでいくつか収録作品を見ることができる。
http://atelierthird.jugem.jp/?cid=69
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