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2012年09月04日23:19

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水底フェスタ

ロック・フェスで賑わう地方の山村。
村を捨て家を捨て、モデルとして成功した織場由貴美。突然帰郷した彼女に惹かれる村長の息子の湧谷広海。閉鎖的な日常に嫌気が差した広海は、村の不正を暴こうとする由貴美に協力する。

辻村深月の『水底フェスタ』のあらすじを簡単に書くとすればこんなふうだろう。
ちなみに、水底は、みなぞこ、と読む。

ここで描かれる狭い村の閉塞感はすごい。ここで言う狭いとは、地理的にも心理的にもという両方の意味がある。読んでいて息が詰まりそうになるほどだ。

もはやこれはミステリーではない。
謎はあってもそれを解決することが目的にはなっていない。
見方を変えれば、これはオトナの女(由貴美)と高校生(広海)の恋愛小説とも言える。
十代の頃は多かれ少なかれ年上の女性に対し憧れにも似た感情を抱くものである。田舎でなかったとしても、魅力的な年上の女性にお近づきになれるのなら、何でも言うことを聞いてしまうだろう。その頃だとしたら、120%の確率で間違いなく自分はそうだろうと思うし、そんなことしないよと自信を持って言えちゃう人とは友だちになれないと思う。
なので、広海の行動は正しい。人間としては正しくなかったとしても、少年としては正しいのだ。
そして、魔性の女っぽいが実はそうではなさそう、よくわかんないけど、という由貴美のキャラもいい。つまり立ち位置が曖昧ということだな。

広海にほの字の同級生で幼馴染の門音(かどね)という少女の描き方がおもしろい。
一般的には彼女は「可愛くて健気な女」に映るタイプである。それなのに世間的には「良い子」であるはずの門音に対する広海の視線は辛辣だ。
つまり広海以外から見れば魅力的な少女なのだ。
普遍的な少女あるはずの門音でさえ広海にとっては息苦しい村の象徴なのだろう。

なんにせよ、これは村の閉塞感を読ませる小説である。
古いしきたりに囚われた村。
広海の目を通じて見る村はまるで異界である。
ロックに代表される若者文化を組み込むことで、その隔絶感を際立たせている。

余談だが、横溝正史の『獄門島』や『悪魔の手毬唄』を思い出した。都会で成功したヒロインが帰郷するという点では『悪魔の手毬唄』に似ている部分もなくはない。
それはともかく、数十年も前に書かれたものと現在に書かれたものと、村というものの描き方に相通じるものがあるというのは興味深い。

辻村作品らしく読み応えがあるし、先が気になって仕方がないという展開もいつもどおり。
しかし、これが辻村作品のトップレベルの作品かというと、そうとは言えないように思う。
展開が読めていくというのが大きな理由だろうし、ほかの作品に比べるとストーリーの起伏が乏しい。由貴美や広海といった主要人物の性格設定に掘り下げが欲しかったかもしれない。ほかの人物も含めて、ちょっとステレオタイプかなあという気がする。その中で、広海の父である村長の飛雄がいいキャラをしている。

また、この小説は辻村作品には珍しいエンディングになっている。
おそらく「これしかない」とは思うのだが、らしくないという点で意外だった。

辻村深月が描く一生に一度の恋。
帯に記されたこのキャッチフレーズはいい。
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