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2026年07月29日07:15

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ジョー・リトラー『反メリトクラシー』(人文書院)を読みました

ジョー・リトラー『反メリトクラシー』(人文書院)を読みました。
著者は、英国ロンドン大学ゴールドスミス校の教授です。
本書の英語の原題は Against Meritocracy であり、2018年の出版です。ですから、サンデル教授の『実力も運のうち』The Tyranny of Merit より2年早いわけです。本書もサンデル教授の本も、どちらも実力主義=メリトクラシーを批判していますが、サンデル教授の方は特に大卒という「資格」について強い批判を加えています。本書はより幅広く、メリトクラシーの弊害として、階級、人種、ジェンダーなどの構造的な不平等を隠蔽して、敗者に自己責任を押し付けて自業自得と思わせるためのイデオロギー、という批判が中心になります。
その上で、英国における20世紀半ばからのメリトクラシーの歴史を追っているところがあります。本書冒頭の序章では、メリトクラシーの観念は金権支配体制(プルトクラシー)、すなわち裕福なエリートによる統治体制が永続化し、それ自身を再生産し拡張するための主要な手段となっている、と指摘しています。ただし、メリトクラシーに対する逆提案のような主張は皆無です。最後の結論で「オルタナティヴはなにか?」という問いが投げかけられていますが、しっかりした回答はないように見受けられます。normcoreが回答だというのであれば、やや拍子抜けです。
もともと、メリトクラシーと相前後して、MITのオーター教授らによるスキル偏向型技術進歩の研究から、IT技術などの発展が高度なスキルを持つ労働者の生産性を高める一方で、定型的な業務(タスク)を代替することで中技能労働者を減少させ、雇用を二極化させる、という分析があり、そのスキルの計測の基礎がメリット=実力とか能力とかなわけで、そのまた代理変数が学歴、特に大卒資格なわけです。
本書のサブタイトル「新自由主義と平等の神話」に示されているように、イデオロギー的な面があることは確かで、新自由主義的な積極的格差容認の理論的根拠を与えてしまっています。すなわち、「能力があるから成功して金持ちになった」という因果関係を逆手に取って、「成功して金持ちになったのは能力があったからである」と見なすように仕向けるわけです。もう少しだけ因果関係を展開すれば、「能力があったからいい大学に行くことが出来て、いい大学を出たからいい職を得て高所得になった」と大卒資格を中にはさんでも同じことです。
他方で、「AERA」2023年3月6日号の記事「東大生の家庭『年収1千万円超』が4割超」に典型的に見られるように、ご本人の能力はもちろん必要としても、その能力をサポートするためには家庭の資力に支えられた教育投資が不可欠である点も見逃すべきではありません。少なくとも、ご本人の能力だけが成功や高所得の要因ではないことは理解すべきです。
もうひとつのポイントは、では、能力主義=メリトクラシーの代わりとなるのは何か、という点です。本書はこの問いには答えていません。私は不勉強ながら、ロトクラシーがひとつの候補になり得る、と考えています。ロトクラシーはくじ引き民主主義と訳されたりして、選挙における投票の代替行為と見なされるケースが多いのですが、大学入学選抜などでも応用ができるのではないか、と考えています。
いずれにせよ、実力主義=メリトクラシーが格差の隠れ蓑にされるような論調を容認すべきではありません。

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