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2015年06月05日22:38

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King Crimson

BABYMETALやKalafinaあたりに夢中になってはいるが、ロック系の音楽ということであれば自分の根っこはここにあるのだろうなあと思う。この言葉は好きではないのだが、プログレということになろう。
プログレが本当にプログレッシヴだった時期は意外に短くて、いつしかプログレという言葉は「暗い、重い、長い」というアナクロ的な揶揄を込めて使われるようになる。そしてプログレの中核を担ったバンドはポップ化の波にさらされ方向性を見失っていく。
そんな中でプログレッシヴであり続けた代表がキング・クリムゾンということになろう。
69年のデビューから74年の解散までの7枚のアルバムは同一のメンバーで作られたことがないというメンバー異動の激しいバンドでもあった。初期を除けばギタリストのロバート・フリップが主権を握っており、彼の音楽を具現化するためにメンバーが集められたというのが正しいのだろう。

『In The Court Of The Crimson King(クリムゾン・キングの宮殿)』(1969年)
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衝撃のデビュー・アルバム。このジャケットのインパクトは今でも強烈である。
ロバート・フリップ(g)、グレッグ・レイク(b,vo)、イアン・マクドナルド(key,sax,fl,cl)、マイケル・ジャイルズ(ds)、ピート・シンフィールド(lyrics)という布陣で作られた。
ここではまだフリップはギタリストに過ぎず、音楽的なイニシャチブを握っていたのはマクドナルドである。そういう点ではクリムゾンのアルバムとしては異質。フリップ以外の各メンバーが後のキャリアを通じてもおそらくベスト・プレイと思われる演奏を披露している。さまざまな楽器を駆使し八面六臂の活躍を見せるマクドナルドが輝いていたのはこのときのみだし、レイクのベース・プレイもEL&Pでは聴くことのできないアグレッシヴなものだ。さらにジャイルズがロック・ドラムの歴史を変えてしまったのもこの一枚による。
収録曲はいずれもプログレ・ファンのみならずロック・ファン必聴の名曲ばかりである。「Confusion will be my epitaph」という言葉を結局プログレは超えることができなかったというのが私の持論。

『In The Wake Of Poseidon(ポセイドンのめざめ)』(1970年)
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早くもマクドナルドが抜け、ジャイルズも離脱を決意。レイクもEL&P結成のために脱退。フリップはこの危機をヴォーカルのみをレイクに任せベースには旧知のピーター・ジャイルズを呼び、さらにメル・コリンズ(sax,fl)を招くことで乗り切った。作風は前作を踏襲したものであるが、キース・ティペット(pf)のグループと交流を深めることでジャズ的要素が見え始める。すでに離脱を決めていたジャイルズだが、そんなことを窺わせない素晴らしいドラミングを聴かせる。クリムゾン・サウンドの鍵となるメロトロンはマクドナルドから引き継いだフリップがここから担当することになる。
邦題は完全に誤訳。正しくは「ポセイドンを追って」である。ただ誤訳であったとしてもこの邦題は捨てがたい。

『Lizard』(1970年)
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オリジナル・メンバーはフリップとシンフィールドを残すのみとなった。あとのメンバーは前作から参加のコリンズにゴードン・ハスケル(b,vo)、アンディ・マックローチ(ds)となり、キース・ティペット・グループから多くのゲストを招いている。またB面全てを使ったタイトル曲の冒頭でイエスのジョン・アンダーソンが素晴らしい歌を聴かせる。アンダーソンと比べられてはハスケルには気の毒としか言いようがない。フリップもヴォーカルの弱さを感じていたのだろう。
クリムゾンのアルバム中で最も人気のないものかもしれないが、聴きどころは多い。ジャズ的要素がより濃くなり、バンドと言うよりはユニット的なものになりつつある。マックローチの繊細なドラミングはもっと評価されるべきであろう。

『Islands』(1971年)
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さらにメンバーを刷新し、フリップ、シンフィールド、コリンズにボズ・バレル(b,vo)、イアン・ウォレス(ds)という布陣となった。ティペット・グループのメンバーはここでも重要な役割を担っている。
フリップとあとの三人(コリンズ、ボズ、ウォレス)との音楽性の違いは明らかで、ライヴでは収拾のつかないことも多かったようだ。それでもこのアルバムは人気がある。クリムゾンのアルバムでベスト3を選ぶとしたら入れたい気がする。ボズの抒情的な声もウォレスのケンカ腰のドラミングも意外にクリムゾンに合っているのだ。フリップがコリンズを含めた彼らをきちんと御すことができればいいバンドになったかもしれない。タイトル曲はシンフィールドの美しい歌詞とボズの繊細な歌唱が光る名曲。しかし、言葉に重きを置かなくなったフリップとシンフィールドの確執が修復不能となり、後の三人も離脱し、フリップだけが残り、活動休止となる。

『Larks' Tongues In Aspic(太陽と戦慄)』(1973年)
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オーディション等の急場しのぎでメンバーを集めるのではなく、フリップが自らの理想を具現化できるメンバーを集めて再始動させた。ジョン・ウェットン(b,vo)、デヴィッド・クロス(vn)、ビル・ブラフォード(ds)、ジェミー・ミューア(perc)という凄まじいメンツが集まってしまった。ことにイエスからブラフォードを引き抜いたことは当時大きなニュースとなったようだ。
音も一新された。攻撃的でインプロヴィゼーション重視。従来の抒情的なサウンドを期待すると見事に裏切られる。はたしてこれはロックなのか? さまざまな音楽要素を融合させ奇跡的な傑作に仕上げている。
クリムゾンの最高傑作を選ぶなら『クリムゾン・キングの宮殿』かこの作品か迷う。歴史上の重要度では『宮殿』、音楽上の充実度では『太陽と戦慄』といううことになろうか。
このアルバムでいちばん目立つのはミューアの操るパーカッションである。呪術的な雰囲気を醸し出しているのには彼の功績による。ブラフォードに大きな影響を与えたようだ。
『太陽と戦慄 パート�供戮榔撚茵悒┘泪縫絅┘詆弯諭戮忙箸錣譴燭海箸巴里蕕譴襦J冉鏤吽變�のインストゥルメンタルで、終盤のブラフォード&ミューアのツイン・ドラムスはノケゾリものである。

『Starless And Bible Black(暗黒の世界)』(1974年)
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好事魔多し、ライヴ中の怪我によりミューアが脱退してしまう。そんな中で作られたのはライヴとスタジオ録音を合わせた変則的なアルバム。A面はまとまりを欠く感は否めないが、B面2曲のインプロヴィゼーションは圧巻。このB面だけを繰り返し聴いたものである。フリップがウェットンを英国一のベーシストと讃えるのもよくわかるし、ブラフォードを人気バンドから引き抜いたのもよくわかる。この当時のクリムゾンはおそらくスタジオ・アルバムにはパッケージできなかったのだろうと思う。

『Red』(1974年)
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クロスが抜け、トリオ編成になったものの、マクドナルドがゲストで招かれている。この後完全復帰が予定されていたという。さらにコリンズも招かれ、久々にキース・ティペット・グループのメンバーも呼ばれている。ただし、ゲストがいなくても三人だけの演奏でも成立してしまいそうなところがミソ。この時期の三枚の中ではいちばんロックとしての整合性が取られている。
アルバムのリリースとともにフリップは解散を表明。ウェットンとブラフォードにとっては寝耳に水のことだったらしい。
このアルバムについてはかつて話題にしたことがあるのでこちらも参照されたい。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1930320556&owner_id=3696995

『Discipline』(1981年)
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解散後プロデュースやソロ活動やセッション参加を行なっていたフリップが自らのバンドを始動させるために集めたミュージシャンは元同僚のブラフォードにエイドリアン・ブリュー(g,vo)とトニー・レヴィン(b)という二人のアメリカ人だった。当初はディシプリンという名前だったが突如キング・クリムゾンを踏襲することになる。当時この復活劇はファンだけでなくクリムゾンOBからも批判を集めた。またその音もかつてのクリムゾンとは全く異なるものだった。質感としては当時のニューウェーブに近い。ただしバカテクだが。二本のギターが異なるリズムで同時進行するなど、単に変拍子とは言えないリズム処理が斬新すぎる。この時代にかつてのクリムゾンと同じような音楽をやっていたら幻滅していただろう。先鋭的な音楽という点でクリムゾンの名を汚すものではなかった。ブラフォードはアコースティック・セットに加え、シモンズのエレクトリック・ドラムを叩いている。

『Beat』(1982年)
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クリムゾン史上初めて同じメンバーで作られたアルバム。アイデアとしては前作と同様。そのぶん新鮮味は薄れた。ただ演奏の充実ぶりということでは驚異的で、テクニカルかつエキサイティングな演奏が繰り広げられている。フリップが目指していたのがこういう音楽であれば、ブラフォード以外のクリムゾンOBに声がかけられなかったのも理解できる。充実した作品ではあるが、やはりブリューのヴォーカルには好き嫌いが分かれるであろう。

『Three Of A Perfect Pair』(1984年)
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80年代三部作最終作。この後に解散を迎える。すでに前作まででフリップはやりたいことをやり尽くしていたのだろう。きっちりまとめているあたりはさすがだが、もはや新しい要素を見出すことはできない。もちろん聴くべきところは多く、前二作と同程度のクオリティは保っている。彼らのミュージシャンシップの高さには驚かされる。『太陽と戦慄 パート�掘戮�作られたのはフリップなりのファンへのサービスだろうか。

その後クリムゾンは解散時のメンバーにベースとドラムを加え、ダブル・トリオというロックでは珍しい編成で復活している。挨拶代わりのミニアルバム『VROOM』とフルアルバム『Thrak』も持ってはいるが、さほど聴き込んでいない。
そしてとうとうブラフォードがクリムゾンと袂を分かつに至って興味を失ってしまった。

あの当時80年代クリムゾンを受け入れることに抵抗はなかった。むしろその音楽も含めて復活を歓迎していた。
ただ今になって振り返ると、70年代でクリムゾンの名前は封印しても良かったのかなとも思う。
80年代の作品が優れているということは今もその考えは変わらない。彼らにしか作れなかった傑作であることに疑問の余地はない。
それでもキング・クリムゾンと言うにはやはり異質であることは否めない。『Discipline』などはクリムゾン名義でなければ大傑作と評価されていたかもしれないと思う。
とは言っても80年代のクリムゾンはクリムゾンではない、という意見には真っ向から反対し、80年代クリムゾンを支持することには変わりはない。
フリップがクリムゾンだと言えばクリムゾンなのだ。
それでいいのだ。
たぶん…。
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