ハープという楽器をご存じだろうか。
と訊くのがマヌケに思えるくらいよく知られた楽器である。
おそらく人間の歴史の中で最も古い楽器の部類に入るものだろう。いわゆる竪琴である。
ハープも歴史の中で進化を遂げてきた。
バロック・ハープだとトリプル・ハープという異名のとおり、弦が三列張られている。両側がダイアトニック(ピアノで言う白鍵)、それに挟まれるように真中がクロマティック(同じく黒鍵)という具合。半音を弾くには弦の間に指を入れなければならないというのだから至難の技だ。
で、現代の半音制御が可能なペダルを搭載したダブル・アクション・ペダル・ハープ(いわゆるグランド・ハープ)となる。
いずれにせよ、機能的な楽器とは言えないようだ。
長い歴史のある楽器なのに、冷遇されていたと言えそうである。
誰もが知っている楽器なのに、ハープのための曲というのは極めて少ない。
さて、前置きが長くなったが、1950年代から60年代にかけて、そのハープでモダン・ジャズに果敢に挑んだ女性がいたのだ。
その名はドロシー・アシュビー(Dorothy Ashby)。
モダン・ジャズというと、ホットでスリリングなアドリブの応酬というイメージだ。
ピアノ・トリオ(ピアノ、ベース、ドラムス、これらがジャズ界ではリズム・セクション)にホーン(サックスやトランペットなど)が乗るのが基本的なフォーマット。もちろん楽器編成や人数はさまざまだが、少なくともハープが主役になるようなケースは極めて少ない。
ガンガンいける楽器ではないからモダン・ジャズ向きではないとハナから相手にされていなかったのだろう。たまに使われることがあっても、ほんの彩り程度。
モダン・ジャズは黒人ミュージシャンを中心に発展していった。そして彼女もまた黒人である。
それがこのドロシー嬢は自らリーダーとなってハープが主役のモダン・ジャズをやってのけたのだ。後にアフロ系の音楽に変化していくのだが、初期は完全なモダン・ジャズである。しかもスタイルとしてはハード・バップである。
ピアノの代わりに自らのハープを置き、フロントにはフルートを招いた。サヴォイからのデビュー盤とプレスティジ系からの2枚はこのフォーマットによるカルテット編成。
フルートを招いたのは彼女の判断だったのか。
モーツァルトのフルートとハープのための協奏曲を引き合いに出すまでもなく、このふたつの楽器の相性は抜群である。成功の鍵はここにあったと言えそうだ。
中でも3rdアルバム『In A Minor Groove』(1958年)は峻厳な岩山の狭間に咲いた可憐な花のような印象を残す好盤である。タイトルどおり美しいメロディーを持ったスタンダードを多く取り上げたのも成功の一因だろう。中でも最後の2曲『Autumn In Rome』と『Alone Together』は溜息を誘うような美しさ。
フルートのフランク・ウェスの貢献も大きい。彼はカウント・ベイシー楽団のテナー奏者だが、フルートの名手でもある。テナーを吹くと豪快なブロウで聴かせるのだが、フルートだと繊細で抒情的なプレイになるのだからおもしろい。
名ドラマー、ロイ・ヘインズは終始ブラシで好サポートを見せる。
ジャズ界のメインストリームを歩むには至らなかったが、後に自分のルーツを手繰るかのようにアフリカン・エスニック系の音楽にシフトしていく。その中でスティーヴィー・ワンダーのアルバムに参加するなど、当時の大衆音楽のハープ奏者の第一人者という立場だったのではないかと思う。
この『In A Minor Groove』、大声で名盤だと騒ぐようなものではなく、心の中にひっそりとしまって大事にしておきたい、そんなアルバムである。
あの時代のジャズのアルバムで好きなもの10枚選べと言われたら、絶対にその中に入れたくなる。
幽玄でどこか涼しげなサウンドであるが、アドリブに命をかけた、間違いなくモダン・ジャズである。
メインストリームではなかったかもしれないが、ジャズの多様性を証明することになった。
ドロシー・アシュビーはそんなミュージシャンだったのかもしれない。
動画ではないが、哀愁の名曲『Alone Together』をどうぞ。
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