ルル、風邪薬ではない。
忘れえぬヒロイン、ルル。
世紀末ドイツの劇作家フランク・ヴェデキントの戯曲『地霊』、『パンドラの箱』のヒロインである。これを元にベルクがオペラを書いたわけだ(ベルクの死により未完)。
ちなみに、閉ざされた世界での少女たちを描いた映画『エコール』はヴェデキントの小説『ミネハハ』を原作としている。
しかしこのルル、オペラのヒロイン数あれど、これほど背徳と堕落に満ちたヒロインはほかにいないのではないか。インモラルなヒロインとしては最右翼だ。
『椿姫』のヴィオレッタだって褒められたものではないが、あちらは高級娼婦でそれなりのステータスがある。一方ルルは奔放の限りを尽くし、運命に弄ばれたとはいえ、最後は街娼にまで落ちぶれる。エロスの象徴であったルルがタナトス向かってまっしぐら、というあたりはいかにもベルクが好みそうなテーマではある。
今はフリードリヒ・ツェルハが補筆した三幕完成版を聴くことができる。
高校生だった当時、完成版が聴けると狂喜したものである。テレサ・ストラータスがルルのはまり役で、指揮はブーレーズだった。
ツェルハによる補筆は賛否両論あったが、そんなことはどうでもよかった。クライマックスを音で聴けるというだけで大満足だった。
そんなわけで『ルル』は思い入れのある曲なのである。
『ルル』といえば、ベルクのオペラ。
それを覆しかねない代物が出てきた。
ルー・リードとメタリカが共同で『ルル』をテーマにしたアルバムをリリースしたのだ。
これは聴かざるを得まい。
ルー・リードといえばあのヴェルヴェット・アンダーグラウンドの中心人物で、その後も孤高を行くアメリカ・ロック界のカリスマである。一方のメタリカはもはやヘヴィ・メタルの文脈だけでは語れないヘヴィ・ロックのスーパー・バンドである。
この両者が奇跡的なコラボレーションを果たしたのだ。
ルー・リードのコンセプトにメタリカが曲を付けるというアプローチだったようだ。曲はほとんど即興的に作られたらしい。
ジャケットからしてヤバイ匂いがプンプンしている。
CD2枚組で90分弱。
通常のメタリカの曲のように考え抜かれた隙のない構成ではない。むしろ敢えて磨き上げぬままに収録したという印象だ。よって長尺の曲が多いにもかかわらず、曲はさほど複雑ではなく、場面転換も少ない。
もともとルー・リードのヴォーカル・スタイルも歌い上げるタイプではなく、ぼそぼそと呟くような歌唱である。このアルバムではさらにナレーションのように聴こえる。
なんだかんだ言ってメタリカの曲はメロディーだけを取れば意外にキャッチーなのだが、今回はメロディーとしての魅力に乏しい。
20分近くの終曲のストリングスよるエンディングはちょっと冗長すぎる。
ジェームズ・ヘットフィールド(メタリカ)のヴォーカルがもっとあってもいいように思う。
などと書いてはいるが、尋常でない空気感がパッケージされているのは間違いない。聴き込めばもっと良さが判ってくるのかもしれないとも思う。
ルー・リードによる歌詞は素晴らしい。
彼はおそらくロック界最高の詩人のうちの一人だろう。残虐なリリシズムとでも言えばいいだろうか。ストーリーを追うのではなく、ルルという女性を多元的に表現しているあたりはさすがだと思う。
今はこの問題作に対する評価をするのをやめておこうと思う。
ただ、このアルバムがまさしくロックであることは間違いない。
巷に溢れる凡百の似非ロックとは一線を画している。
それだけで価値があるとは言えないだろうか。
じっくりと腰を落ち着けて、歌詞カードを眺めながら聴きたいアルバムである。
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