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2011年10月26日23:40

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どくとるマンボウ逝去

どくとるマンボウが亡くなってしまった。
大歌人の斉藤茂吉を父に持つ作家。親の七光りと言われるのが嫌で北杜夫(きた・もりお)というペンネームを使うことにしたという。

全作品を読んだわけではないが、好きな作家だった。
シリアスな純文学から抱腹絶倒のエッセイまで幅広かった。

初めて出会ったのは中学生のとき。
『どくとるマンボウ航海記』だったか『どくとるマンボウ昆虫記』だったか、どちらか忘れてしまったが、あまりにおもしろく立て続けに読んだことは間違いない。
なので最初の印象は「抜群におもしろいエッセイスト」というものだったと思う。「どくとるマンボウ」のタイトルが冠されているものはもちろん、そうでないものもとにかくおもしろかった。

なので、作家としての力量も並大抵のものではないことを知ったのはしばらく経ってからである。
高校のときに『幽霊』という小説を読んだのがきっかけだったように思う。自伝的な青春小説とも言うべきもので、淡々とした筆致と水彩画のような情景描写が印象的だった。映像が浮かんでくるような文章だと思った。
一転して芥川賞受賞作の『夜と霧の隅で』はヘヴィな内容だった。タイトルから判るとおり、ナチスものである。重いが名作である。
しかし、作者の本領発揮とも言うべきものは家族三代を描いた大河小説『楡家の人々』であろう。作者の躁鬱気質そのままに何でもかんでも詰め込んだ破綻ギリギリのところで留まる快作(怪作?)だと思う。まさしく悲喜こもごも。
ブラジル移民を描いた大作『輝ける碧き空の下で』も傑作だった。躁鬱の振幅がさらに大きくなっていて、成功も失敗も全てをおおらかに描写する作者の大きな度量を感じさせるものだった。ちなみに、私はこの小説でピンガという酒を知った。

熱狂的なタイガース・ファンとしても有名で、そんなところにも親しみを感じていたかもしれない。

なんにしても自分にとっては読書のおもしろさを改めて教えてくれた偉大な作家である。

昭和の賢人がまた逝ってしまったという印象だ。

ご冥福をお祈りいたします。
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