国立新美術館で開催中の「シュルレアリスム展」にようやく行ってきた。
ポンピドゥセンターがよくこれだけ貸してくれたものだと思う。
一時期シュルレアリスムに夢中だったことがある。それこそ美術作品だけでなく、シュルレアリスムと枕詞が付けば、手当たり次第に手に取ったものである。
今でももちろん興味はある。しかし、夢中ではなくなった。
ダリやマグリットの作品を見続けて、「もしかしたら彼らの作品は自己模倣の繰り返しだったのではないか」と思ったのが覚めたきっかけだったかもしれない。
たとえば、企画展などで彼らの作品が数点あると、際立った存在感があるのだが、それらばかりだとだんだん飽きてきてしまうのだ。
というわけで、ダリやマグリットは今でも好きな画家であることに変わりはないが、少し冷静に眺めることができるようになったというところだろう。
シュルレアリスムとひとことで言っても、作風はそれぞれで、合う合わないは当然あるはずだ。
たとえばデュシャンなんかはおもしろいとは思うが、感動するようなことはない。
ミロがシュルレアリスムかというと、そうでないような気もするし…。
まあ、いろいろである。逆説的に言えば、とっちらかったおもしろさはあったように思う。
パイオニア的なキリコの作品はいいね。独特の寂寥感が画面に漂う。
ダリやマグリットやエルンストはやはりさすがだ。ことに名作として名高いものが来ているので、これらは見ておく価値があると思う。ただ、名作であることは認めるが、最高傑作の部類に入るかというとちょっと違うような気がする。と思ってしまうのも彼らに対して少し覚めているからかもしれない。
このところ私のお気に入りはタンギーである。
海底とも砂漠ともつかないところに妙なオブジェがたくさん並んでいる。生物とも無機物とも判断のしようのない不思議なものばかり。
なんだか好きなんだよね、その世界観が。わかるわからないではなく、見ていて楽しいのだ。楽しいという言葉に語弊があるなら、絵の前から動けなくなるのだ。
いかにもタンギーといった『岩の窓のある宮殿』。
今回はアンドレ・マッソンとヴィクトル・ブローネルの作品が多かった。ある意味彼らを中心にした展覧会だとも言えると思う。よって、彼らの作品を気に入るかどうかで、この展覧会の感想は大きく異なってくるのではないだろうか。
マッソンはともかく、ブローネルはとても楽しめる。
どこか戯画化したような画面とイメージが溢れるような情報の奔流がおもしろい。
これはたぬ〜の気に入ったブローネルの『育む女』。
シュルレアリスムの代表選手のひとりデルヴォーの大作『アクロポリス』があったのは嬉しい。ただ、なんでポストカードがないんだ?
神話的な静寂の画面、表情のない美しい女性。デルヴォーならではの白昼夢のような世界。
初めて知ったキューバ生まれのヴィフレド・ラムという人の作品も楽しめた。
なんとも賑やかな作品は『会合』。
ピカソが1点だけあって、小品ながら存在感があった。
なんとなく幸福感の漂う『横たわる女』。
意外と言っては失礼だが、彫刻作品が充実していた。
中でも印象的だったのが次の2作品。
左はジャコメッティの『テーブル』、右はエルンストの『愚か者』。
GW中とはいえ、平日だったせいか、意外に空いていた。
それなりの混み具合ではあったが、ゆったりと観られるくらいの余裕は十分にある。
やはり、シュルレアリスムということで、あまり人気がないのかもしれない。
会期は5月15日(日)までに延びているので、機会があれば是非。
http://www.sur2011.jp/
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