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2011年03月09日22:23

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サラリーマンコレクター

休憩中にネットをふらふらしていたら、おもしろい記事を見つけた。
それによると最近「サラリーマンコレクター」なるものが増えているのだそうだ。コツコツとお金を貯めて美術作品を買う人のことを言うらしい。特別高給取りというわけでなく、平均的なサラリーマンが多いことからそう呼ばれるようだ。

広く捉えるならば、自分もその中に入りかけていると言えるだろうか。

絵を買うというのはクセになる。買うこと自体というよりも、所有することと言った方がいいかもしれない。
もっとも自分はコレクターにはならないと思う。気に入った絵を欲しいと思うかというと、必ずしもそうではないからだ。現実的な言い方をするならば、その値段に見合うほどの価値を見出せないということでもある。極論ではあるが…。
それにたくさん手を拡げても飾っておくところがない。絵は観られてなんぼである。仕舞ったままではあまりにも可哀相だ。うちに来た絵は幸福であって欲しいと思うし、いいところにもらわれていったと作家さんに安心して欲しいと思う。

だから将来価値が上がるかどうかということには関心がない。
毎日見ていたいから買った。それだけのこと。
たとえば、美術館でその絵の前から動けなくなったという経験はないだろうか。立ち去りがたく時間を忘れて眺めていたという経験が。
そういう作品を手に入れただけのこと。だから市場価値など関係ないのだ。

もっとも根っからの俗物であるがゆえに、人気作家の作品を持っているという優越感を覚えないことはない。画集を開いて「この作品、うちにあるんだぜ」と言いたい気持ちがないわけではない。市場価値(つまり値段)が上がることにはあまり関心はないが、いずれどこかの美術館から「この作家の展覧会を開く予定なのでお持ちの作品を貸していただけませんか」という申し出が来ることはたっぷり期待したい。

実際のところ、買える値段だとは思わなかった、というのが正直なところ。
細密画のような細かい水彩画で、もちろん一点もの。すでに画集も発表しているくらいのステータスのある作家である。手が届く値段なんて考えてもいなかったのだ。
手が届かなくもない値段となると、俄然欲しくなる。これはつまり値段以上の価値を見出せたということである。

まあ、自分が絵を買うということがどれだけ作家さんを応援することになるのかはわからない。
もっとも、応援しているとかそういう尊大なことはあまり考えなくていいような気がする。

これもひとつの縁ということだろう。

欧米では絵を飾っている家が多いという。
少なくとも日本よりは多いと言えるかもしれない。確かに向こうではアートが日常の一部になっていると感じたことはある。
自分も少し前までは絵のオーナーになるなんてことは考えてもいなかった。絵は持つものではなく、美術館で鑑賞するもの、という先入観があったのだろう。固定観念と言えるかもしれない。
とはいえ、画廊を歩き回ってお気に入りの絵を見つけるというのは、やはりそう簡単なことではないと思う。
そうなると、まずお気に入りの作家を見つけるのが早道かもしれない。

なんにしても、美を独占するという贅沢を味わってしまうと、ちょっと世界が変わって見える。
サラリーマンコレクターという人たちもそんな魔力にやられてしまったのだろう。
コレクターになろうとは思わないが、お気に入りの作家は追いかけていきたいと思う。
人生楽しまなきゃね。
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