周防柳『南朝 風姿花伝』(角川書店)を読みました。
著者は、作家であり、現代小説も書きますが、典型的な時代小説の舞台となる江戸期よりも前の古典古代などの時代に着目した時代小説についてもいくつか作品があり、私はそれらを高く評価しています。
本書は室町期の3代将軍足利義満から、室町幕府が衰勢に向かう京でストーリーが進みます。主人公は2人いて、1人は後の世阿弥元清となる藤若であり、本書の出だしでは猿楽一座である結崎座の座頭の観阿弥の子です。目弱(弱視)という弱点を持っています。もう1人は、同じように猿楽一座ながら囃子方を務める宮増座の座頭である宮増勝弥太の倅の次弥太です。実は、この宮増一族は楠木正成の子孫のかくれた姿で、宮増勝弥太は正成の孫に当たり、本当の名は楠木次郎です。ですので、猿楽の一座というのは表向きで、実はすっぱ=忍者であって、ドサ回りをしながら今でいう情報収集や場合によっては戦闘にも参加します。
ストーリーの始まりでは、藤若12歳、次弥太10歳です。本書の冒頭には、系図が4つの流れで収録されています。観世座、楠木氏、幕府の将軍を出す足利氏、そして、天皇家です。天皇家は大覚寺統と持明院統に分かれ、前者の後醍醐天皇が吉野に逃れて南朝を始めるのは歴史で習うところだと思います。
第1章冒頭で、目弱を克服するために一人稽古に励む藤若を覗き見て、舞台から転げ落ちそうになった藤若を次弥太が助けて親しくなります。藤若は次弥太から特殊な足運びを教えられたことで、新たな猿楽の境地を切り開くことになります。また、先のお話しながら、世阿弥の妻は楠木氏の流れを汲んでいて次弥太の従姉妹だったりします。ついでながら、神社の神楽から始まった猿楽に対して、農民の田植えを鼓舞する民衆芸能の田楽、という違いが、私のようなシロート向けに解説されていたりもします。
時の権力者の関白である二条良基、また、子を天皇の位に就かせようとしたほどの実力者の足利義満などが藤若を寵愛する一方で、義満の死後に後継者をめぐる権力争いが高じます。当然に、南朝を強く敵視する将軍が現れたり、逆に、南朝を守護し奉る楠木氏や北畠氏の一党が奮闘したりします。もちろん、歴史的な事実として、室町幕府を主宰する将軍家の足利氏は凋落の方向にありますが、明徳和約により南朝から北朝に三種の神器が移され南北合一が成ります。
観阿弥・世阿弥の父子は芸の完成を目指し、もちろん、幕府の足利氏は北朝による南北合一と義満の子を皇太子とするという意味での武家主導の公武合体を画策し、次弥太らの楠木氏一族は正成の遺志を継いで南朝再興に向けて陰ながら暗躍する、という三つ巴のストーリーが展開します。
実に、重厚な時代小説です。500ページを超えるボリュームです。ただ、お急ぎの向きは、本書p.416から佐渡に流罪となった世阿弥が従者の権太に対して長い長い語りをなします。p.481まで続きます。65ページほどありますので、とても立ち読みは出来ないでしょうが、この部分を読めば本書丸1冊のエッセンスを知ることができます。あくまで、ご参考です。
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