鎮目雅人{編}『貨幣再考』(岩波書店)を読みました。
編者は、早稲田大学政治経済学術院教授であり、ご専門は日本経済史、金融史、貨幣史だそうです。
本書は3部構成であり、冒頭の序章において、現代社会における貨幣のあり方をより幅広い視野から客観的、批判的に検討することを念頭に、経済学、歴史学、文化人類学、社会思想など異なる分野の研究者が貨幣とは何かについて多角的に検討する試み、としています。ですので、第�吃瑤任魯僖廛▲縫紂璽�ニアの貝殻貨幣タブやクナップ『貨幣の国家理論』を取り上げ、第�局瑤任脇�本の貨幣制度について、江戸期の近世貨幣史にも着目し、最後の第�敬瑤任和膤悗砲�ける貨幣研究について取りまとめています。
まず、貨幣とは誰かの資産であるとともに、通常は国家あるいは中央銀行の負債であるとされる場合が少なくなく、本書では内部貨幣と読んでいます。逆に、外部貨幣とは誰の負債でもない貨幣です。ですから、貴金属や貝殻貨幣は外部貨幣といえます。そして、貴金属として貨幣にしなくてもそれだけで価値ある外部貨幣ではなく、誰かの負債である内部貨幣の場合、いわゆる受容性のトートロジーが生じて、不換紙幣が流通するわけです。例外としては現代貨幣理論(MMT)があり、本書では貨幣を「納税チケット」と呼んでいたりします。
第�吃瑤離縫紂璽�ニアの貝殻貨幣はさておき、第�局瑤龍畧て�本の貨幣制度については、いわゆる三貨制から議論を始めています。すなわち、金貨・銀貨・銭貨なわけですが、金貨は額面により流通する一方で、銀貨と銭貨は重量によって価値が決まる秤量貨幣です。ですから、改鋳利益を得ようとして量目を悪鋳することができるのは金貨だけということになりますが、元禄改鋳においては、新旧貨幣の交換において増し歩が要求され幕府もこれに応じた、とされていますので、近代的な不換紙幣(fiat money)の前の前近代の段階における日本の貨幣制度は、貴金属の量目による貨幣価値の決定であった、と結論されています。
ただ、大坂における米相場の絶対的な支配力がある一方で、上方の銀遣いと江戸の金遣いの違いに応じて、金銀の交換比率の重要性が浮かび上がります。すなわち、大坂で米を換金すると銀貨なわけで、それを江戸に送る為替で金貨に交換すると、銀安金高なら江戸で消費生活を送る大名や家来には歳入減となり、逆に、銀高金安となれば歳入増となるわけです。江戸と上方での金銀の交換比率が武士階級の収入に影響を及ぼしていたわけです。
そういった中で、田沼政権が発行した南鐐二朱銀について、その狙いなど詳しく解説されています。このあたりは読んでみてのお楽しみです。
加えて、第�局瑤任蓮�1972年沖縄変換の際のドル円切替え、すなわち、直前のスミソニアン合意で円レートが対ドルで大きく切り上げられた際のドル円切替えで、スミソニアン合意前の360円レートで交換した帰結などについても読んでみてのお楽しみだろうと思います。
最後の第�敬瑤任蓮△茲�ある議論ですが、日本の金融史をひも解いて、金融政策が貨幣乗数をテコとする数量主導ではなく、価格(利子率や準備率など)を介した貨幣供給方式であることを支持している、と結論しています。この結論は、私は保留したいと思います。
ただ、第7章の貨幣思想については一読の価値があります。単純な商品貨幣と信用貨幣だけでなく、貨幣の持つネットワーク的なメカニズムも議論されています。
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