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2026年06月22日07:30

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浅井良夫『世銀借款と日本の開発』(日本経済評論社)を読みました

浅井良夫『世銀借款と日本の開発』(日本経済評論社)を読みました。
著者は、成城大学の名誉教授であり、経済学の方面から進んだ経済史の専門家です。というのは、歴史学から進んだ経済史の専門家も少なくないからです。
本書では、タイトル通りに、主として1950-60年代にかけての日本経済の開発に、世銀からの借款がどのような役割を果たしたかについて、浩瀚な史料を当たって様々な角度から検証を試みています。
序章と終章を除いて時系列的に4部構成となっており、第1部では世銀加盟までの1950-52年、第2部で初期の世銀借款を導入した時期の1953-57年、第3部では世銀借款が最盛期を迎えた時期の1957-61年、そして、第4部では世銀借款をいったん卒業した後で再開した時期である1963-66年を対象としています。
まず、私が教えている大学生諸君は当然にして、多くの日本人は日本が1950-60年代にはまだ発展途上国ないし新興国であった、という事実を忘れています。ノーベル賞経済学者のクズネッツ教授の言葉にして、"There are four kinds of countries in the world: developed countries, undeveloped countries, Japan and Argentina" というのがあります。要するに、世界中の国は4種類しかなく、昔から今までずっと先進国、昔から今までずっと途上国、途上国から先進国になった日本、逆に、先進国から途上国になったアルゼンティン、というわけです。今では、日本以外にもシンガポールや台湾、チリなどなど、クズネッツ教授が1971年にノーベル賞を受賞した際から先進国入りする国は少なくありませんし、逆に、日本はアルゼンティンと同じように先進国ではなくなる可能性も高くなっているのは周知の事実です。
本書に戻って、そういう日本が途上国ないし新興国であったころに、世銀借款をどのような分野に充当し開発を進めたか、といった歴史的な分析をしています。本書が指摘するように、日本は1953-66年にかけて31件、総額8億6290万ドルの世銀借款を受けています。高度成長期の初期には、主として4分野が上げられ、第1に、川崎製鉄千葉工場などの鉄鋼借款をはじめとする基盤製造業、さらに第2に黒部第4ダム開発などの電力借款、第3に、愛知用水などの農業借款、そして、第4に、インフラ借款となります。最後のカテゴリーでもっとも人口に膾炙しているのは東海道新幹線と東名・名神の高速道路です。
本書では、マクロ経済政策、産業政策、対外経済政策の3政策の交差する点としての世銀借款を対象としています。なお、最初のマクロ経済政策とは、財政・金融政策だけでなく、経済企画庁が担当した長期経済計画、国土庁による国土総合開発計画も含んで考えています。というのは、本書冒頭p.19に示されているように、マクロ経済学の創始者ともいえるケインズ卿は開発にはまったく興味や関心を示さなかったからであり、日本独特の広い意味での長期計画を本書ではマクロ経済政策の中の開発政策のひとつとして位置づけています。この見方は私も全面的に賛成であり、役所にいたころに同僚と "Japan's High-Growth Postwar Period: The Role of Economic Plans" という研究論文を取りまとめていたりします。
よくいわれるように、経済学では人間が登場しないのですが、本書のような経済史ではさまざまな人物像が提示されます。例えば、川崎製鉄の初代社長である西山弥太郎社長の役割、大蔵省トップが積極派の池田蔵相から一万田蔵相に交代した影響、などなどです。現在のように国際収支の天井のない変動為替相場と違って、固定為替相場を維持する必要とか、いろいろと経済的な背景は現在と異なりますし、600ページを超えるボリュームで、価格も15,000円を超えますが、何かの機会に読んでおきたい経済書・教養書です。

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