ジョー・キャラハン『瞬きすら許さない』(創元推理文庫)を読みました。
著者は、英国ミッドランド地方在住のミステリ作家であり、デビュー作である本書により、2024年度の英国推理協会賞最優秀新人賞受賞を受賞しています。日本でいえば、江戸川乱歩賞受賞でデビュー、といったところかもしれません。
本書の英語の原題は In the Blink of an Eye であり、2023年の出版です。英語の原題にある eye は、人間であれば複数形の eyes で使うケースが多いと思うのですが、まあ、何と申しましょうかで AI なら単数の方がふさわしいのかもしれません。
本書の舞台は英国イングランド中部のウォーリックシャー警察であり、主人公は2人います。1人はキャット・フランク警視正(DCS)であり、刑事としての直感を重視しています。もう1人はAIDE=Artificially Intelligent Detective Entity、すなわち、日本語で言えば人工知能捜査体であるロックです。当然に、確率を重視した捜査を進めようとします。いずれにせよ、警察を舞台とした警察ミステリです。
ストーリーは、新しく就任した内務大臣がITに関連するバックグラウンドを持つことから、人工知能捜査体=AIDEを警察業務に導入し、警察業務の時間とコストの削減を目論みます。ウォーリックシャー警察本部長のマクリーシュはその内務大臣の命に従って、キャット・フランク警視正に失踪事例の再捜査を命じます。ただ、AIDEの活用に対しては否定的な結果を導くように示唆します。
失踪事例の再捜査チームは、フランク警視正のほか、南アジア系のハッサン警部補、女性刑事のブラウン部長刑事、そして、もちろん、AIDEのロックと開発者のオコネド国立AI研究所教授で構成されます。オコネド教授は若い黒人女性です。なお、ロックは身長180センチのスリムな黒人のホログラムで現れることがありますが、ピカチュウのホログラムも用意されているようです。
どの失踪事件を取り上げるかについては、当然のようにフランク警視正とロックの間で意見が分かれ、フランク警視正は失踪者の家族に寄り添った観点から選び、ロックは解決される確率の高い事案を持ち出します。その両方の事件を再捜査することになり、改めて関係者の事情聴取が行われたりもします。その幕間に、いかにも失踪者が拉致されていることを示唆するようなパートがいくつも挟まれます。そして、捜査は驚くべき展開を見せて、最後は首尾よく解決されるわけです。そのあたりはミステリですし、読んでみてのお楽しみです。
最後に、私から3点指摘しておきたいと思います。まず、第1に、すでに本書のシリーズは英国では Kat and Lock のシリーズとして、第3弾まで出版されていると、巻末の解説で明らかにされています。なお、第4弾が完結編となり、近く出版されるという情報もあります。邦訳が出れば、できる限り読みたいと私は考えています。第2に、私の好きなタイプのミステリであり、最後に大きなどんでん返し、あるいは、アツと驚く結末が待っているのではなく、真犯人の意外性はともかく、徐々に情報が明らかにされるとともに事件の真相も明らかになります。
第3に、刑事の直感とAIの確率の相違、というか、対立をそれほど期待すべき小説ではありません。ひとつには、英語の原書が2023年1月の出版ですから、3年余り前の技術の到達点に基づいている、という理由も考えられます。ただ、もうひとつの理由は、刑事の直感とAIが重視する統計的な確率の間にはそれほど大きな違いがない可能性を指摘しておきたいと思います。すなわち、刑事の直感だけでなく、多くの人々の直感、あるいは、世間知や集合知と呼ばれているものは、それまでの人類の経験が凝縮されているわけであり、かなりの程度に確率分布に従っている可能性が高い、と私は考えています。
その意味で、学術的な専門性は重要ではあるものの、世間知や集合知をバカにするかのような見下した議論は慎むべきであると、一応、大学教授として考えています。ただ、もちろん、大きな技術的あるいは歴史的な転換点では、そういった世間知や集合知が役立たないケースもありえますから、注意すべきであることは当然です。
最後の最後に、英国警察に対する批判が盛り込まれています。ホリー・ジャクソンの『自由研究には向かない殺人』から始まる一連のシリーズでは、英国警察に対するきわめて強い批判や不信感が底流にありましたが、そこまでではないとしても、英国警察の闇の部分が盛り込まれていることは事実です。
ログインしてコメントを確認・投稿する