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2026年02月19日08:24

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小倉充夫『民主主義の躓き』(東京大学出版会)を読みました。

小倉充夫『民主主義の躓き』(東京大学出版会)を読みました。
著者は、津田塾大学の名誉教授です。
本書は、副題にあるように、民衆、暴力、国民国家の3つの要素から、民主主義がタイトル通りに躓きを内包しつつ、歴史的に進化ないし発展してきた過程を分析し、未完の統治形態である現在の民主主義の危機を解明しようと試みています。ですので、民主主義ですから、当然に、ギリシアから歴史が始まります。
実際に近代ないし現代で民主主義の画期のひとつとなったのは1968運動であり、代議制民主主義に対する市民の直接的な抗議活動から本格的な分析を始めています。日本ではベ平連が活躍した時期であり、70年安保につながります。民主主義にはいくつかのタイプがあるかどうかも議論しており、西欧や日本の民主主義だけではなく、植民地支配を受けていたアフリカにおける単一政党による民主主義の可能性についても考えています。
本書においても、歴史的な民主主義の範囲の広がりが示されます。投票というやや狭い範囲での決定の方式としての参政権の観点からは、資産や納税額による制限から始まって、そういった制限の緩和ないし撤廃、さらに、男性から女性への参政権の広がりを経ているのは、広く知られたところです。さらに、米国などでは黒人奴隷、植民地では現地住民の参加などに広がるわけです。
民主主義批判のひとつの観点はこういった参加の広がりが愚民制に陥る、という視点です。他方からの批判は、数少ない民主主義を執行するエリートは真に国民を代表していない、という批判です。そういった議論にていねいに本書は応えようと試みています。そのあたりは読んでみてのお楽しみといえます。
本書がすぐれていると私が考える点のひとつは、民主主義を参加と統治の形態と捉えていることです。識者の中には民主主義を狭く投票による決定の方式であると考える向きがありますが、私は本書と同じ考えをしています。ですので、本書でも強く批判している新自由主義的な考えが民主主義を劣化させていると考えています。新自由主義は市場の重視であり、市場に供給された商品を貨幣の所有という意味での購買力にしたがって配分することを重視します。厚生経済学の基本定理から、市場の価格に基づく配分がもっとも効果的だからです。
他方で、ピケティ教授が脱商品化といっていたり、斎藤幸平准教授がコモンの拡大といっているのは、私は両者は同じと考えていますが、貨幣を持っている購買力ではなく、必要性や適性などに応じて、さまざまなリソースを配分するというやり方もあります。現在の日本では教育や医療などの社会保障が部分的にそうなっています。加えて、住宅、交通、通信、食料なども購買力に基づく配分をヤメにすることを考えるべき時期に差しかかっている、と私は考えています。そして、それについて多くの参加者が熟議し、統治システムとして結論を出すのが民主主義だと考えます。
経済から少し離れた参加や統治について、私の専門外ながら、とてもタメになる読書でした。

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