ザ・リズム・セクション、凄い名称である。
なんてったって「ザ」が付くのである。そんじょそこらのリズム・セクションとはわけが違うんだよ、という「ザ」である。
ちなみにロックでリズム・セクションというとベースとドラムだが、ジャズではピアノとベースとドラムのことを言う。そう、ピアノ・トリオである。
実は現在のピアノ・トリオというスタイルはバド・パウエルの時代に確立されたようで、だとするとピアノ・トリオがリズム・セクションになったというより、リズム・セクションがピアノ・トリオになったという方が正しいのだろう。
まあ、そんなことはどうでもいいが、このザ・リズム・セクションとはマイルス・デイヴィスの黄金のクインテットのリズム隊のことを言う。
レッド・ガーランド(p)、ポール・チェンバース(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(dr)という布陣。
もちろんモダン・ジャズ黄金期にはほかにも優れたリズム・セクションは腐るほどあったわけで、彼らがベストだったかどうかはわからない。ただマイルスお抱えということもあり、当時最も勢いのあったリズム隊ではあったのだろう。
実際のところマイルスの長いキャリアの中でこのころがいちばん好きである。
この三人がいかに優れていたかはマイルスのアルバムを聴けばよくわかる。
しかしそれ以上によくわかるアルバムがある。それが『Art Pepper Meets The Rhythm Section』である。
アート・ペッパーは西海岸で活躍していた人気アルト・サックス奏者。白人である。
1957年、西海岸へ演奏旅行に来ていたマイルス・クインテットに目を付けアート・ペッパーとのセッションを目論んだアートのプロデューサーによってこのアルバムは生まれた。
西対東、あるいは白人対黒人、さまざまな憶測が可能な組み合わせで、そこには壮絶なバトルが記録されていると思いがちだが、実はリラックスしたセッションが記録されている。
このときの録音についてはいろいろな逸話が伝わっている。
曰く、アートは二週間楽器に触れていなかった。曰く、アートは当日の朝に録音のことを知らされた。曰く、アートはマイルスのリズム隊に恐れをなし録音をすっぽかすつもりだった。曰く、ドラッグを大量に打ってスタジオに向かった。などなど…。
まあ、こうしたエピソードは話半分に聞いておくとしても、録音は一日だけ、しかもアートが遅刻をしたのであまりリハーサルができなかった、というのは本当のことのようだ。
しかしここでのアートは絶好調。
最高のリズム・セクションにサポートされて気持ちよかったのだろうか。実際に会ってみたら、恐ろしいヤツらではなかったからだろうか。独特の愁いのある音色で吹きまくる吹きまくる。
そしてガーランド、チェンバース、フィリー・ジョーは出しゃばらず引きすぎず絶妙のサポートを聴かせる。それでいて個々の主張もしっかりある。指が勝手に動きすぎちゃってさあというガーランド節、チェンバースのアルコ・ソロとランニング・ベース、フィリー・ジョーの弾むようなケンカ腰のドラミング、それらもたっぷり聴ける。
西対東、白人対黒人、そういった確執や相剋はそこにはない。お互いを尊敬し合うミュージシャン同士のリラックスしながらもエキサイティングな演奏が記録されている。最初は腹の探り合いだったのだろうが、リハーサルを進めるにつれて「これはいける」という手応えをお互いが感じたのだろう。リハーサルを通じて新曲も2曲できているので、全員興が乗っていたということなのだと思う。
後にほかのテイクのテープは見つからなかったという。つまり全ての曲がワン・テイクだったということである。まさに一期一会の名演と言えよう。
名人同士、凄いことができるのだなあ。
アルバム・タイトルを誰が付けたのかは知らないが、この素晴らしいリズム・セクションに対する敬意が感じられる。
ここでのTheは唯一のものを示すTheであろう。
このアルバムはアート・ペッパーを語るにおいて外すことのできないものでもあるし、ザ・リズム・セクションがそう呼ばれるに相応しいことを知らしめたものでもある。
ところで、この名盤、ちょっと困ったところもある。
この盤に限ったことではないのだが、ステレオ初期の録音なので、左右の振り分けが悩ましいのだ。というのも、左チャンネルにアート・ペッパーのアルト、右チャンネルにピアノ・ベース・ドラム、というふうに分けられているからだ。この時期の録音では左右きっちり楽器が振り分けられていることは珍しくないが、ここまで極端なものはそうそうないようだ。
モノラルだった方が良かったのではないかなあと思う。
マイルス・バンドのリズム・セクションということでは、ハービー・ハンコック(p)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(dr)という布陣こそが最高ではないかという意見もあるだろう。確かに彼らの素晴らしさは認める。しかしモダン・ジャズの黄金期を象徴するリズム・セクションとしては、やはりガーランド+チェンバース+フィリー・ジョーということになるのだと思う。
このアルバムは非常に聴きやすい。
いきなり冒頭から『You'd Be So Nice To Come Home To』から始まるのもそうだが、アート・ペッパーのソロの組み立てが非常にメロディックなのだ。
各人の見せ場もきちんと用意されていて、ジャズとはどんな音楽かというのを端的に示しているとも言える。なのでジャズを聴いてみようという人のファースト・チョイスとしても相応しい。でもってこれは聴き飽きないのだ。口ずさめるほどそれぞれのソロを覚えてしまうと、BGMとしても機能する。真剣に聴けば、やはりとてもおもしろい。
さんざんジャズを聴いた後に戻ってくるのはこういうアルバムなのではないか、なんてことも思う。
初心者がこのアルバムをいいと言えば「そうだろう」と思うし、すれっからしのジャズ・ファンがそう言えば「さすが、わかってるね」と思いたくなる。
アート・ペッパーとザ・リズム・セクション、この異色の組み合わせは両者の良さがほどよくブレンドされている。西と東、あるいは白人と黒人、としては理想的な邂逅だったのではないか。
その後両者が共演することはなかった。
ザ・リズム・セクションと讃えられた彼らも、マイルスがモードに移行するにあたって脱退している。
ガーランドもチェンバースもフィリー・ジョーも新しい音楽にはほとんど興味がなかったのだろう。
それでいいと思う。
人の目指すものはさまざまであっていい。
マイルスはこの録音を聴いてどう感じたのだろうか。「どうだ、オレのリズム隊はさすがだろう」とほくそ笑んだのではないだろうか。そして「胡椒みたいな名前のヤツもなかなかやるじゃないか」と思ったかどうか…。
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