最近ブラック企業という言葉をよく聞くようになった。
法律に抵触するような過酷な労働を課し、セクハラ・パワハラがまかり通り、ろくに給料も払ってくれない、そんな企業のことを言う。まあ、世の中ブラックとは言えないまでもグレーな企業はいっぱいありそうだ。
まあ、そんな話はともかく、バッド・カンパニー、そのまま訳せば悪い会社。
生臭い話ではなく、イギリスのロック・バンドのことなのでご安心を。
私はフリーというバンドが好きであることを公言している。
ブルース・ロックをウリに70年代初頭に活躍したこのバンドは自国イギリス以外ではほとんど人気が出なかった。泣きのギターを弾くポール・コゾフ、弾むようにベースを刻むアンディ・フレイザー、重いビートを叩き出すサイモン・カーク、ソウルフルに歌い上げるポール・ロジャース、といった四人の若者が紡ぎ出す音楽はあまりにも渋く枯れていた。
そう、まるでブラームス晩年の室内楽のような世界に近い。
短い実働期間の後に解散し、ポール・コゾフは夭折する。
そしてアンディ・フレイザーは表舞台から引き下がった。
やがてポール・ロジャースとサイモン・カークがギターのミック・ラルフス(元モット・ザ・フープル)とベースのボズ・バレル(元キング・クリムゾン)とともに結成したのがバッド・カンパニーである。レッド・ツェッペリン主宰のスワン・ソング・レーベルからデビュー。
フリー時代よりも洗練されたストレートなサウンドがアメリカでも受け、一躍人気バンドとなった。おそらく今でもフリーよりもバッド・カンパニーの方が知名度が高いだろうし、人気も高いに違いない。
私はフリーを愛するあまり、バッド・カンパニーを過小評価していた。
フリーの二人がいたにせよ、ポール・コゾフの咽び泣くギターとアンディ・フレイザーの技巧的なベースがなくては、と思っていた。
なので私にとってバッド・カンパニーは普通にいいバンドに過ぎなかった。
ただ、昨日話題にしたツェッペリンもそうなのだが、年寄りが元気にロックしているというのは、それだけで嬉しくなるものなのである。
ポール・ロジャースがクイーンと合流した活動は成功したとは言い難く(と私は考えている)、彼はバッド・カンパニーを再編する。
ミック・ラルフスは病気がち、ボズ・バレルはすでに鬼籍に入った。
何気なくYuoTubeでその映像を見た。
ポール・ロジャースの歌に驚いた。全く衰えていないではないか。このときすでに60を超えたジジィである。それなのに若い頃と全く変わらない。
多くの歌手からリスペクトされた歌唱そのままである。ポール・ロジャースは伝説などになっていなかった。
というわけでDVDをゲット。2010年のイギリス・ツアーの最終日、ウェンブリー・アリーナで行なわれたライヴである。
バッド・カンパニー名曲集といった趣。
当然全てのアルバムを聴いているので馴染みの曲ばかりである。
いやはやポール・ロジャースのヴォーカルには驚くばかり。むしろさらに上手くなってないか?
声に艶があるし、伸びもいい。ときにピアノ、ときにギター、ときにハーモニカ、と八面六臂の大活躍。マイク・スタンドを振り回すアクションも若々しい。さらに若い頃よりマッチョになって、なくなりかけていた髪が増えてないか?
ミック・ラルフスは往年の美青年の面影を探すのが大変だが、元気にギターを弾いている。
バッド・カンパニーがフリーと異なるのは華麗なギター・オーケストレーションによるところが大きい。それを手がけた彼は職人的なギタリストだなあと思う。
サポートのハワード・リース(ギター、ピアノ)は正規メンバーばりの活躍。一瞬こっちがミックだっけ、と思ってしまった。(そのくらいミックは老けてしまった…)
ボズが不在なのは淋しいが、そこはサポートのリン・ソレンセンがきっちり仕事をしている。
そしてサイモン・カーク。
私はこの人のドラミングが好きだ。以前フェイバリット・ドラマー15人を挙げたとき、この人を入れたはず。
手数の多さや技巧で勝負するタイプではない。重みのある音で粘りのあるグルーヴを生み出すのが特徴。なのでプレイ自体はシンプルなのだが、音に存在感がある。いわゆる味のあるドラマーということになるのだろう。彼の叩き出すビートは気持ちいい。
ポール・ロジャースの声にはこのドラムだろう、とやはり思ってしまう。
シンプルな三点セットもフリーの頃から変わらない。
サイモン・カークの良さをわからずにドラムを語ろうなんてチャンチャラおかしいぜ、とオジサンは言いたい。逆に彼の良さをわかる人にはビール一杯ご馳走したくなるね。
つい熱くなってしまったが、このDVD、楽しめた。
元気な姿を見ることができたというだけでなく、音楽的な完成度も高い。
昨日話題にしたツェッペリンの一夜限りの再結成ライヴが「特別なもの」だったのに対し、こちらは日常行なわれているライヴの中の一夜、という感じだ。
どちらもそれぞれの良さがある。
長く生きているといいものを見られるのだなあ、と思う。
ハード・ロックでもなく、もちろんプログレッシヴ・ロックでもなく、じっくりと聴かせる歌唱とシンプルな演奏による地に足が着いたロックを奏でたバッド・カンパニー。ブルースをルーツとする、もしかしたらこれがロックの王道なのではないか、という気がした。そういう点ではフリーも同じだった。
形は違ったとはいえ、ポール・ロジャースとサイモン・カークが目指したものは一貫していたのではないか。
そうか、私はバッド・カンパニーのことをわかっていなかったのだな。
私はフリーの音楽を晩秋に喩えている。バッド・カンパニーの音楽はそれよりも少し前、初秋を過ぎたあたりだろうか。いずれにせよ、秋の音楽。
そのたたずまいはどこか懐かしい。
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