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2011年06月15日23:37

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同姓のよしみというわけではないが

彼女のピアノを無性に聴きたくなることがある。
西村由紀江、ニューエイジ系あるいはヒーリング系のピアニストとして今年デビュー25周年を迎えた。

「癒し」という言葉が安っぽく響くようになってから、その言葉を使うことに抵抗がある。
そもそも音楽に癒しなんか求めていないし、そうした音楽には魅力を感じない。
それなのに何故癒し系音楽の代表選手のように言われる彼女のピアノを聴くのか?
おそらく癒しなんていう安っぽいものではない何かが心の琴線に触れるのだろう。

私が初めて彼女のことを知ったのは2ndアルバムに収録された『Screen』という曲によってだった。1987年頃のことである。この当時はスムースジャズに近い雰囲気の音作りで、カラフルで若々しい音楽になっていた。リズムを強調した曲や劇的な展開の曲も少なくなかった。
それが徐々に作風が変わってきて、今はピアノが中心の穏やかな曲調の音楽になっている。
金太郎飴のようだ、と言われることも少なくない。
確かに作風の幅が広いとは言えないし、楽曲単位での変化も乏しい。
しかし、これを25年続けてきたのである。ここまでくれば立派としか言いようがない。
こうした音楽を手がけたピアニストはたくさんいた。しかし、ずっと変わらず一線で活動していたのは彼女くらいのものではないか。こうなると彼女自身が音楽の1ジャンルとさえ言ってもいいのではないかとも思う。

メロディメイカーである。本質的に美しいメロディーを紡いで音楽を作る人だ。
ほとんどがミディアムかスローなテンポ。
ジャズ・ピアノのように激しいアドリブが聴けるわけではない。クラシックのように華麗な技巧が聴けるわけでもない。
穏やかで暖かな雰囲気。感情の起伏は少なく、心を大きく揺さぶるわけでもない。
それなのに彼女の音楽は魅力的に響く。
夏の夕方に立つ涼風のように、あるいは冬の日に注ぐ陽の光のように、そのピアノの音は心地よく響くのだ。
ことに切なげなメロディーを持った曲がいい。

どことは言わぬが長年付き合いのあったレーベルと数年前に袂を分かった。当時新聞の記事にもなったが、いい分かれ方ではなかったようだ。ミュージシャンとビジネス・サイドとの方向性が噛み合わなくなったのだろう。仕方あるまい。お互いに歩み寄れなくなったら分かれるほかはないだろう。
今は独立して事務所を立ち上げ、順調に活動している。独立当初はかなり追い詰められた状況だったらしい。芯が強いのだろう。そりゃあ芯が強くなければああいう音楽は作れまい。

7月6日にセルフカバーの2枚組ベストアルバムがリリースされる。セルフカバーによる新録音である。もちろん、前のレーベルの音源を使うわけにはいかないから、セルフカバーせざるを得ない。しかし、今まで何度もベストが出ているのだから、ベストを出すことが目的ではあるまい。やはり旧曲をセルフカバーによってリメイクするということが大きな目的なのだろうと思う。初めて出会った曲『Screen』も収録されるので楽しみだ。
で、同じ日に前のレーベルからベストアルバムが2枚リリースされる。商魂たくましいというだけでは済まされない穏やかでないものを感じる。リリース日を合わせたのは偶然ではあるまい。
その裏にはやはり遺恨があるのだろうなあ、と思う。

まあ、それはそれとして、久しぶりにライヴを観たいという気になってきた。
彼女は実に丁寧にピアノを弾く人なのだ。
ちょうど秋に25周年記念のツアーがあるらしい。手配してみるかな。

肩入れしている理由のひとつとして同姓ということもあるかもしれない。
佐藤さんや鈴木さんでは同姓にいちいち肩入れしていたら身が持たないだろうが、ありふれた苗字ではあるけれど各界で活躍している人は意外に少ないのだ。
それに同じ5月生まれでもあるし。

写真は移籍後の2枚のアルバム『ビタミン』と『ピアノ』。
前者は1曲目にリズム・セクションが出てきてひっくり返りそうになったが、ほかは従来の柔らかなサウンドである。それまでよりも曲調の起伏が大きくなったような気がする。
後者は全曲ピアノ・ソロ。やはりこの方がいいように思う。切ない曲が多いのもソロのせいか。
敢えて言うなら、2枚のアルバムで陽と陰。やりたいことを2枚に分けてみました、そんなところだろう。で、セルフカバーのベストが来るとなると、その後には大きな変化が控えているのかもしれない。
四半世紀の節目も迎えたことだしね。
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