大島真寿美『ピエタ』、ポプラ社刊。
これはいい本である。
特に予備知識があったわけではない。
書店で何気なく目に入ったのだ。こういうインスピレーションを私はかなり重要視する。出会いなんていうのはそういうものである。
大作曲家ヴィヴァルディが音楽の指導をしたピエタ慈善孤児院の少女たち、云々。。。
そんな予備知識があったとしたら、私はこの本を手に取らなかったろうと思う。
別にヴィヴァルディに思い入れはないし、歴史小説には興味を惹かれない。
だからふとした出会いが大切なのだ。
主人公はヴェネツィアのピエタ慈善院で暮らすエミーリアという「かつての」少女である。
本を開いたとたんに飛び込んでくるのはヴィヴァルディの訃報である。つまり物語の最初の時点でヴィヴァルディは死んでいる。
そのヴィヴァルディの自筆譜を巡って、エミーリアが彼とゆかりのある人々と関わりを持っていく、大雑把に言うとそういう話だ。自筆譜を巡ってなどと言っても、音楽ミステリーのようなものではないし、曲に関する掘り下げがあるわけでもない。
作者が描きたかったのはエミーリアを中心にした人々のふれあいなのだろう。そこからあぶりだされてくるヴィヴァルディ像も「奇矯な愛すべきおっさん」で好ましい。
基本的な部分は史実に基づいているのだろうが、これは歴史小説ではなく、あくまでも作者の創作だろう。
過去に秘密を抱えるエミーリアも、天才音楽家のアンナ・マリーアも、貴族の娘で楽譜捜索の依頼人ヴェロニカも、コルティジャーナ(高級娼婦)のクラウディアも、それぞれが慎ましやかに生き生きと描かれている。
読んでいるうちに楽譜なんぞどうでもよくなってくるのだが、作者はきっちり結末を付けてくれている。
読後感は心がほっこりするような暖かさに包まれる。
哀しいエピソードですらむしろ清々しい。
うがった見方になってしまうが、こういう話を書くには現代が舞台では無理だったのだろう。ゆったりとした時間の流れる時代が必要だったのではないか。そんな気がする。
史実に材を取ったのは後付だったのではないか、そんなふうにも思うのだ。
起伏の激しい物語ではないが、ページを繰るのがもどかしいくらい先に進みたくなってくる。
文章はどことなく古めかしさを感じさせるが、それがかえってリズムがよく感じられる。いい意味で古い小説を読んでいるという感じがするのだ。ほかの作品を読んだことがないのでわからないが、意図的なものなのかもしれない。
さんざん能書きをぶっこいてしまったが、これはいい本である。
いい本というのは内容だけでなく、装丁も含めてのことを言うのだが、この本はまさにそんな一冊である。表紙の絵がとてもいい感じだ。
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