最後にコンサートに出かけたのがユジャ・ワンのリサイタルだったから、1ヶ月ぶりになる。震災の影響で2つばかり中止になってしまったのだから仕方がない。
横浜の港の見える丘公園のすぐ近くの岩崎博物館。その中にゲーテ座ホールというのがある。「山手ゲーテ座クラシック・アワー Vol.1」と題されたリサイタル。ピアノは三浦友理枝。
日本最初の西洋式劇場を記念して建てられたホールということで、なかなか雰囲気が良い。
もともとのゲーテ座は関東大震災で崩壊したそうだが、1980年代に復元されたものらしい。
さて、ぐいりぃ家イチオシのピアニスト三浦友理枝嬢については今さら語るのはやめておく。
今回も彼女らしいプログラミングを組んでいた。
01.ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女
02.フォーレ:主題と変奏 嬰ハ短調 作品73
03.リスト:愛の夢 第3番 変イ長調
04.リスト:バラード 第2番 ロ短調
05.シューマン:トロイメライ
06.シマノフスキ:幻想曲 ハ長調 作品14
07.スクリャービン:幻想曲 ロ短調 作品28
<アンコール>
08.ドビュッシー:月の光
だれもが知っている有名曲と彼女が弾きたい曲でプログラミングとのこと。やや散漫なプログラムになっちゃうかなと思っていたのだが、そんなことはなかった。
まずフランス近代に始まり、『愛の夢』をブリッジにリスト生誕200年、『トロイメライ』で夢のイントロを演出すると、摩訶不思議な幻想の世界へ。
三浦友理枝というピアニストを端的に知らしめるには相応しいプログラムと言える。ただし、ショパンもラヴェルもなかったが…。
しかしね、こういうプログラミングをするかね、普通。
スクリャービンにシマノフスキ。フォーレにしたってマニアックな曲を選んできた。もちろん、そこが彼女の魅力でもあるのだが…。
フォーレの『主題と変奏』は夜想曲や舟歌に比べると聴く機会は少ないのだが、とても綺麗な曲だ。変奏曲得意のブラームスのいかめしい変奏技法に比べて、フォーレのなんと優美なことか。主題自体はさほど魅力的ではないものの、それに続く11の変奏はどれも歌心に溢れていて美しい。フォーレらしく内声部が充実していて、メロディーをなぞっているだけでは演奏として成立しない。ハーモニーをいかに響かせるかがフォーレ演奏の鍵である。
彼女はクリスタルのような美音と強靭な左手で、いかんなんくフォーレの巧みな書法をあぶりだす。清楚でいながら凛としたたたずまいの見事な演奏だったと思う。ことに第6変奏と第9変奏がよかった。また第10変奏でのクライマックスは彼女の迫力ある低音が響く。
おもいのほかリストのバラードがよかった。
リスト特有のシンフォニックな響きを生かすには強い打鍵が必要。彼女の場合どんなに激しく鍵盤を叩いても音が全く荒れない。激しいのと荒っぽいのとは違うということを再認識させてくれる。盛り沢山の劇的な内容を語るのにも秀でている。
やたら難しい曲ばかり書いたシマノフスキ。
彼女はこれまでに何度かシマノフスキの曲をリサイタルで弾いている。今回の幻想曲は私の知る限り初めてである。
続けて演奏される急-緩-急の3つのパートからなる作品。激しさと官能性、そして超人的な技巧が求められるのはほかのシマノフスキ作品と同じ。まだ調性も残っていて、後の作品に比べると聴きやすい。スクリャービンの影響を感じさせる部分もある。
彼女はシマノフスキを得意にしている。まったく、なんていう作曲家を得意にしているんだ。嬉しくなっちゃうじゃないか。シマノフスキのピアノ曲はいい曲が多いんだぞ。
彼女は曲を自分に引き寄せて弾いている。そこに聴こえてくるのは、シマノフスキの音楽であり、三浦友理枝の音楽である。彼女のシマノフスキは絶品だ。
超絶技巧の難曲をサラッと弾きこなしてしまう彼女はやはりカッコいいと思う。
彼女のピアノを初めて聴いたときに思ったのが、スクリャービンに合うはず、ということだった。
それなのに彼女はなかなかリサイタルで取り上げてくれなかった。唯一聴いたことがあるのは4番のソナタで、星々がきらめくような素晴らしい演奏だった。
今回はソナタでもなく小品でもなく、幻想曲という代物。時期的には4番のソナタの少し前。独自の語法を生み出す過渡期の作品といえる。事実上ソナタ形式で書かれているので、単一楽章のソナタと言ってもいいくらいだ。
ときおり後期ロマン派ふうの耽美的なメロディーが顔を覗かせるのが美しい。しかし、この曲は技巧的に相当難しいらしい。というか、スクリャービンは難しいものばかりという評判である。しかも技巧的に処理しただけではどうにもならないというのがさらに難度を高めている。彼女は徹底的な美音で弾き通す。古き良き時代の残滓、そして来るべき時代への不安、そんな雰囲気を感じさせる好演だった。あまりにも美しすぎる。官能的とは言えないかもしれないが、清潔感のある美しさは新鮮である。こういうスクリャービンがあってもいい。
やはり彼女にスクリャービンは合う。
さて、彼女が弾きたかった曲というのはおそらくフォーレ、スクリャービン、シマノフスキだろうと思う。スクリャービンとシマノフスキが幻想曲というのは偶然ではあるまい。さらに言うなら、作曲された年を列挙すると、フォーレが1895年、スクリャービンが1900年、シマノフスキが1905年。きれいに5年ごとになっているのもおそらく偶然ではあるまい。
ところで、それ以外の有名曲も彼女が手を抜くわけもなく、見事な演奏だったのは言うまでもない。
しかし、休憩なしで1時間超え、しかも超絶技巧の曲ばかり。かなり消耗しただろうと思う。考えてみれば、彼女はプログラムをかなり詰め込む傾向にある。たくさん弾きたいというのもあるのだろうし、小柄なわりに体力にも自信があるのだろう。
彼女の演奏にはワクワク感がある。彼女の演奏は彼女でしか聴けない演奏なのだ。しかも自分の好みに合う。これからもたっぷり楽しませてくれそうだ。
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