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2011年01月15日21:57

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エレーヌ・グリモー@神奈川県立音楽堂

ずっとライヴを聴きたいと思っていたピアニストがいたのだが、ようやくその機会が巡ってきた。
エレーヌ・グリモー、フランス出身のピアニストである。もはや若手というよりは中堅と言うべきなのだろうが、デビュー当時はその美貌でも注目されていた。知的で大胆な解釈をするという印象のピアニストだ。
場所は神奈川県立音楽堂。サントリーホールの公演ではなく敢えてここを選んだのは、木造の音のいいホールでリサイタルに相応しい大きさと判断したからである。
プログラムは最新アルバム『レゾナンス』(写真)の全曲再現となった。

01.モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K.310
02.ベルク:ピアノ・ソナタ
<休憩>
03.リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調
04.バルトーク:ルーマニア民族舞曲
<アンコール>
05.ボッケリーニ:精霊の踊り
06.ショパン:3つの新しい練習曲第1番 ヘ短調

刺激的なプログラムである。レゾナンスとは共鳴。オーストリア=ハンガリー帝国を時間的にも地理的にも俯瞰できるような作品を選んだということなのだろう。

モーツァルトのソナタは1778年の曲。モーツァルトには珍しい短調の曲である。短調のモーツァルトは特別な趣がある。悲劇的な色調に彩られたこの曲もそんな特別なもののひとつ。
モーツァルトの曲の中でもこの曲に思い入れのある人は多いのではないだろうか。かくいう私もそうである。よって、やたらな演奏では聴きたくないとも思うのだ。
グリモーの演奏は考えに考え抜いたというよりは、その場の閃きに任せたというように思えた。妙な言い方だが、即興的というような感じだろうか。それゆえ、呼吸するような自然なグルーヴ感があったように思う。もちろんその裏には理知的なアナリーゼがあるはずなのだが、そうと感じさせない自由闊達さがとても魅力的なモーツァルトだった。

作品1の番号が与えられたベルクのソナタは1908年の曲。
後期ロマン派の残滓と20世紀音楽の新しい響きが混在している。先のモーツァルトのソナタから130年の時を経て、ソナタはこのように変容した。かろうじて調性感(ロ短調)は残っているとはいえ、響きはほとんど無調音楽に近い。論理的な音楽語法を手に入れながらも饒舌に語りすぎるベルクの個性はすでにここにも現れている。
これは本当にいい曲である。
グリモーはここでは磨き抜かれた美音で魅了する。今から100年前に生まれた音楽はかくも美しい。メロディーを探そうとせず、先の展開を読もうとせず、今鳴っている音をそのまま捉えることができればちっとも難しくない曲であることがわかる。星がきらめくような耽美的な演奏だった。

リストのソナタは単一楽章なのに演奏時間30分くらいを要するという代物。それまでのソナタのあらゆる要素が盛り込まれた異形のソナタである。作られたのは1853年。ベルクのソナタの50年と少し前。
ここに示されたのはソナタの発展か崩壊か?
時代のイノベーターとしてのリストの面目躍如たる傑作である。しかし、演奏会のプログラムに乗ることは少ない。
優れた演奏でなければ名曲に聴こえないタイプの曲ではないかと思う。世の中、技巧に任せて弾き倒されることがなんと多いことか。一概には言えないが、リスト弾きと言われる人ほどこの曲は上手くないように思う。
ひとことで言うなら、凄い演奏だった。一瞬たりとも目を離せない、そんな緊張感がみなぎっていた。全く破綻することなく、リストの言いたいことは全て言い切ったのではないか、と思わせるような演奏だったと思う。
なるほど、プログラムに乗る機会が少ないというのが理解できた。あらゆる意味で難度が高いのだ。
やはりこの人は構築的な音楽が似合うのかなという気がする。

バルトークのルーマニア民族舞曲は1915年の作。つまり、第一次大戦の始まりとほぼ同じ時期ということだ。真の20世紀の始まりをこの世界規模の戦争だとするならば、その時代の転換期に書かれた曲ということになる。
題名通り、ルーマニアの民謡を題材にした6曲の短い組曲。上手く弾くだけではどうにもならなくて、民族的な情緒をどうするかがポイントになる。
いやはや、グリモーは上手いね。クラシックに使う言葉ではないのはわかっているが、とてもグルーヴィーだと思う。リズム処理もごく自然。

全体の構成としてはバルトークがアンコールの位置付けで全体の締めくくりだと思うので、実際のアンコールは蛇足になるのではないかと思っていた。逆に、何を持ってくるか興味があったとも言える。メロディックな『精霊な踊り』がなんだか新鮮に響いた。ショパンの新しいエチュードもメロディアスな曲。
アンコールで旋律的魅力のある曲を持ってきたということか。

グリモーは「謎めいたミューズ」だと思うのだ。彼女の演奏は中庸の解釈とは無縁のものである。作品を十分に自分の元に引き込んで演奏している。乱暴な言い方をしてしまえば、そこに客観性はないとも言える。つまり、奏者の個性が存分に出ていて、スタンダードとしての演奏にはなりえないものだと思うのだ。それゆえに聴き応えがある。この部分は彼女はどう解釈したのだろうか、そう思う場面がいくつもある。そこに思いを巡らすのが楽しいのだ。知的好奇心を刺激するピアニストなのである。彼女の演奏を「わかる」ことは永遠にないのではないかとさえ思える。だからこそ耳をそばだてて聴くのだろう。ひとつひとつの謎を解き明かさんとして。

素晴らしいリサイタルだった。CDで聴いていた以上にすごい。
次に来日するときも絶対に聴きたいと思う。

神奈川県立音楽堂は、本当にいいホールだ。桜木町の駅から坂道を登らなければならないのが難だが、行くべき価値のあるホールだ。ナチュラルで柔らかな響きは木ならではなのだろう。
ここでグリモーを聴けてよかったと思う。
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