白川方明『通貨に信用を刻印する』(日本経済新聞出版)を読みました。
著者は、青山学院大学特別招聘教授なのですが、tぷぜんながら、日銀元総裁の方で知られていると思います。本書のタイトルは、アイケングリーン教授に由来するようです。
数年前の著者による『中央銀行』から、世間一般の経済社会状況に関して、もっとも大きな変化があったのは2022年を起点とするインフレなのですが、この点についてはそれほど力点が置かれていないような印象を私は受けました。そういった前著からのここ数年来の経済の変化ではなく、同じようなポイントが前著と同じように繰り返されているという印象の方が強かった気がします。
金融政策運営上で、少なくともバブル直前の1980年代半ばまで、為替レートが暗黙のうちに重視されていて、円高は困るという「時代の空気」で金融政策が運営されていたのはそこそこ事実だろうと思います。そういった「時代の空気」をひとつのキーワードとして本書を読み解くのも一案かという気がします。
その上で、私がいくつか疑問に感じたのは、おそらく安倍内閣によるデフレ脱却重視政策のアンチテーゼなのだろうと思いますが、インフレとデフレを非対称に見ている点です。安倍内閣の当時のリフレ派、たぶん、私も含めた何人かのエコノミストはインフレもデフレもともに貨幣的な現象であって、したがって、金融政策で対応すべき、というのが主要な論調であったかという気がします。
それに対して、本書の著者や翁教授などの伝統的な日銀エコノミストは、いわば「金融政策の無力性」のような主張を繰り返していたり、あるいは、デフレの原因を人口減少とか別のところに求めたりして、金融政策による対応を回避する姿勢が鮮明でした。私自身は、デフレにせよ、インフレにせよ、軽微なものであればともかく、通貨現象である点は変わりないと考えています。
私は授業で明確に教えていますが、一般物価水準とは通貨価値の逆数と考えるべきです。その昔にインフレによる預貯金の「目減り」という表現がありましたが、まさにその通りです。マイルドなインフレを目指すということは、通貨価値のマイルドな低下を容認することであり、財やサービスの名目の価値の緩やかな上昇をもたらすものです。
本書の第4章のような物価の計測に疑問を呈するのは不可知論に陥る危険があり、科学的な分析を旨とするエコノミストの態度ではありません。逆に、ラスパイレス指数の上方バイアスについて口をつぐむのも公平な論評とはいえません。
量的緩和をはじめとする非伝統的な金融政策に対しても第9章などで懐疑的な見方が示されていますが、特に、p.165 の引用部分は、たぶん、ローレンス・ボール教授による独立評価局のリポートであり、どこまでIMFによる公式見解であるかは私には不明です。まあ、経済学の場合、私もそうですが、自分に都合いい引用を持ち出すのは通常の手法だろうと思いますので、OKなのだという気はします。
前著なども含めて、この著者の主張に私が違和感を覚えていた原因が判った気がします。第14章以降は政策運営面での実務的な内容も多くなるので、それ以前で考えても、本書ではエビデンスがデータに基づいていない気がします。ですので、本書の議論は全部ではないとしても神学論争的なものに見えがちで、エラい人が自分自身の信念を大きな声でいえば「勝ち」という気がしてなりません。
ですから、「時代の空気」ではなく信念に基づく中央銀行の政策策定や運営が、ホンの少しながら怪しげに見えかねない恐れがあるのではないか、と危惧しています。少なくとも、「通貨に信用を刻印」し過ぎてデフレに戻るのは避けたいと思うのは、たぶん、私だけではないと思います。
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