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2026年07月10日16:47

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藤本隆宏『日本のものづくり哲学 (増補版)』(日経文庫)を読みました

著者は、東京大学名誉教授・早稲田大学教授であり、ご専門は技術・生産管理、進化経済学だそうです。
ステレオタイプながら日本の製造業に関する理解として、本書ではひとつの典型として、「工場は強いが本社が弱い」というのがあり、米国的な「本社は強いが工場は弱い」と逆になっていると主張します。はい、高度成長期以来の伝統的な見方だという気がします。
その上で、著者の長年の研究の流れで、競争力⇒組織能力⇒アーキテクチャの順で積み重なるとの見方を示します。製造業とは当然に製品を作る=ものづくりなわけですが、製品とは設計に対して実体を持たせるための媒体を加えたものであり、生産とは設計の転写であると主張していて、その設計における基本設計から構造設計に至るプロセスがアーキテクチャであると説明されています。
アーキテクチャの基本タイプは2つあり、パーツごとに練り上げるモジュラー型では米国や中国が強みを持っている一方で、日本は総合的に擦り合わせるインテグラル型と指摘します。さらに、それぞれのタイプでオープン型とクローズド型があるとしていますが、そこは詳述されていない印象を持ちました。
私のいつもの経営学やコンサル的な見方に対する批判ですが、要するに、成功例がある一方で、その裏側に失敗例がいっぱいあるのを見落としているような気がしてなりません。ですから、本書でも成功と失敗の両方を説明できるモデルにはなっていない気がします。
実は、私自身の見方では、日本の製造業の成功も失敗も同じ原因であり、要するにオーバースペックとそれに起因する高コストなのだろうと考えています。私自身の歴史感として、1970年代の石油危機やニクソンショックまでは供給すれば需要がついてくる、という需要超過モデルが基本なんだろうと思っています。典型的にそれを表したのが松下幸之助の「水道理論」です。
それに対して、日本で高度成長が終焉し、世界経済が成熟化して、というか、経済学的には労働よりも資本ストックの蓄積スピードがより速いわけですので、資本ストック=生産能力が十分になった1980年代くらいからは供給超過モデル、逆から見て需要不足モデルに移行します。
日本の製造業のオーバースペック=高コストは需要超過型経済では問題ありませんでしたが、供給超過=需要不足型となった経済では日本の製造業が苦戦するのは当然だと考えています。要するに、日本の製造業の内生的な要因だけではなく、日本の製造業を取り巻く経済が需要超過型から供給超過型に変化したのが日本の製造業の不審や停滞の最大の原因だと思っています。
その点を実証的に表しているのはユニクロではなかろうか、と私は考えています。オーバースペックに陥ることなく、したがって、それほど高コストではない製造を行っている気がします。
なお、ついでながら、「おもてなし」に代表されるサービス産業も、まったく製造業と同様にオーバースペックかつ高コストである点は、付け加えておきます。
まあ、日本経済は専門分野ながら、経営学は専門外ですので、私の個人的な見方です。

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