豊下楢彦『「核抑止論」の虚構』(集英社新書)を読みました。
著者は、国際政治学者・外交史家であり、京都大学法学部助教授、立命館大学教授、関西学院大学法学部教授などを歴任し、ご専門は国際政治論・外交史だそうです。
本書は、第2次世界対戦後における冷戦期やその後の核抑止論を根本的に批判する目的を持っています。すなわち、戦後、広く信じられてきた核抑止論は、核兵器の保有により事前はもちろん、先制攻撃を受けた後でも、相手国を確実に大規模に破壊できるという脅威を見せつけて、攻撃を抑止するというものです。ですから、私の理解によれば核兵器が開発される前の通常兵器の時代の論理、すなわち、勢力均衡=balance of powerとはやや異なっています。本書でも勢力均衡は一向に現れません。
批判はまず、私が考えても理解できるのですが、核兵器の使用により大規模な破壊が実現する可能性がどこまで認識されるかです。相手国に大規模な破壊をもたらす可能性や蓋然性が、決して、客観的ではなく相手国の主観的な受取り方次第の不確実なものである、という点は考えておく必要があります。実に、20世紀前半の日本は、まったく客観的ではない認識に基づいて戦争を開始し遂行したことは忘れるべきではありません。加えて、核兵器使用が狂気、ないし、狂人の仕業であるという点も本書では強調しています。米ベトナム戦争当時の国ニクソン大統領の発言からの狂人理論も印象的です。ですので、
そういった従来からの核抑止論への批判はとても適切なのですが、それでは、実際に核兵器を廃絶し、あるいは、その前段階で核兵器の削減を進めるにはどうすればいいか、については、それほど説得力ある議論がなされているとも思えません。もちろん、そんなに決定的な手段があるのであれば、誰かがすでに実行しているでしょうから、核廃絶を目指す勢力を拡大させ、核保有国への圧力を高めることにより段階的な核兵器の削減やその先の廃絶を地道に目指す、というしかいいようがないのかもしれません。
究極の核兵器廃絶という目標に対して、一昨年2024年の被団協=日本原水爆被害者団体協議会のノーベル平和賞受賞は画期的であったと私は評価しています。
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