桃野雑派『蝋燭は燃えているか』(講談社)を読みました。
地元の公立図書館で借りています。こういったエンタメ本を読む際には、図書館は私にはとてもありがたい存在です。
前編『星くずの殺人』では、無重力の宇宙ステーションで首つり死体発見、というミステリでしたが、本書はその続編で宇宙ステーションにも行った京都のJK真田周が主人公となります。真田周は、かなりの進学校である私立の京都南高等学校の生徒ということで、私は洛南高校を思い出しました。真田周は地球に帰還する際の演奏の動画配信で、いわば「敵役」としてSNSで炎上しており、加害者としてバッシングされ、高校には登校できなくなりオンライン授業を受けています。
本書の舞台は京都であり、三島由紀夫の作品よろしく金閣が最初に燃え、次に銀閣も燃えて、次第に放火による火事が京都全体に広がります。主人公の真田周は1年半前に行方不明になった友人の木ノ下瞳子を火災現場で見かけ、その関与を疑います。最後には、この放火事件の謎が解明される、というわけです。
いろいろな要素をミステリに詰め込んでいます。最初の加害者バッシングのSNS炎上に加えて、放火殺人はいうまでもなく京アニ事件を思い起こさせますし、そかにも例えば、オーバーツーリズム、コロナ、SNS炎上、迷惑系YouTuber、マイノリティー、カルト宗教、DV、などなどです。そういった社会派的な読み方もできるといえます。
ただ、私としては感心したのは、京都言葉が実に忠実に描写されている点です。標準語の「居ない」というのは、普通の関西言葉・大阪言葉では「いてへん」になると思うのですが、本書での会話では「いいひん」とされています。秀逸です。八条は「はっじょ」、七条は「ひっじょ」とルビが打たれています。はい、七条は「ひちじょう」でもいいと思いますが、京都にあっては、七は「なな」でもいいといえばいいところ、少なくとも「ひち」であって、「しち」ではありません。これまた、秀逸です。
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