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2025年12月11日08:21

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井手英策『令和ファシズム論』(筑摩書房)を読みました。

井手英策『令和ファシズム論』(筑摩書房)を読みました。著者は、慶應義塾大学経済学部の教授であり、ご専門は財政社会学です。
本書は、かなり過激なタイトルですが、タモリの「新しい戦前」におそらく触発されて、現在の日本の経済社会をおおっている薄らぼんやりとした不安の背景を解明すべく、そして、ファシズムに行き着くことなく日本の自由と民主主義を守るという目的で書かれているようです。ただ、その目的は明らかに失敗しています。
その失敗は最後に振り返るとして、取りあえず、本書の構成を見ておくと、冒頭4章までで日本とドイツの第1次世界大戦後の財政史を後づけて、財政史の観点からいかに両国がファシズムと戦争に行き着いてしまったかを概観しています。それらは8点に取りまとめられて、終章のpp.300-304にリストアップされています。私が重要と考えるポイントについては、要するに、(1) 生活不安がありながらも、(2) 社会保障が不十分で、(3) 中央銀行に国債を引き受けさせ政府債務を発行することに経済政策運営が頼り、ひとつ飛ばして、(5) 雇用創出から軍備拡張に政策が変化し、(6) 予算が議会による民主的な統制から外れ、以下2点省略、ということになります。
日本では、井上蔵相による旧平価での金解禁に高橋財政が対比されつつ、でも、高橋財政では財政赤字は放置されることなく、好況期には増税により赤字削減が図られた点が、本書では強調されています。
5章で現在のトピックに重点が置かれるようになり、財政規律が緩んで政府債務に依存した経済運営になっている点が批判的に取り上げられています。その矛先は政府与党だけでなく、「日本財政の大きな不幸は、共産党や社会党が徹底して『反消費税』路線をとってきたことである。」(p.274)と、野党左派にも及んでいます。そして、最後には終章のタイトルは「エクストリーミズムをのりこえる」となっていて、エクストリーミズム=極端主義ではなく中道の財政、すなわち、財政収支の均衡を目指した緊縮財政ではなく、かといって、政府債務に依存した経済運営のような放漫財政でもなく、分断を回避するような中庸の政策の必要性を主張しています。
まず、本書では用語としては現れませんが、おそらく、ハーベイロードの前提=Harvey Road presumption が強く認識されているように感じました。ただ、議会による民主的な財政/予算の策定も強く主張されています。でも、国民の要求に沿った財政運営は、ともすれば、ポピュリズムとラベリングして批判的な見方を示していますし、どちらかといえば、ハーベイロードの前提の方が背景としては強力に意識されている印象です。まあ、やや誇張すれば、ポピュリズムを排して賢人が予算を策定して運営すれば、財政が大きな赤字を出すことはない、という見方なんだろうと思います。賛否は分かれるでしょう。
次に、極端を避け、ファシズムに行き着くことなく日本の自由と民主主義を守るという本書の目的は明らかに失敗しています。本書は、分断を乗り越える「中道」と自称しつつも、また、エクストリーミズムを排するといいつつも、実は、先日読んだ酒井隆史・山下雄大[編著]『エキストリーム・センター』(以文社)の格好の例となっています。すなわち、「左右両極のポピュリズムを排するといった志向から、実は、エキストリーム・センターは極右に甘く、場合によっては共謀すらしかねない存在」とは、まさに、本書のような主張であると考えるべきです。

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