私はラファエル・クーベリックという指揮者が好きである。
あの当時DGレーベル(ドイツ・グラモフォン)ではカール・ベームやヘルベルト・フォン・カラヤンと並ぶ三本柱だった。
そんなクーベリックは非常にユニークな録音を残している。リリース当時かなり話題になったことを記憶している。
ベートーヴェンの交響曲9曲を全て異なるオケを振り全集を作るという前代未聞の企画だった。
実はこれ周到に計画されたものではない。
マーラーやドヴォルザークなどの優れた全集を作った後に取りかかったのがベートーヴェン。当初は手兵のバイエルン放送響と、良好な間柄だったベルリン・フィルとを使い分けてのものになるはずだった。ところが同時期にベーム&ウィーン・フィル、さらにカラヤン&ベルリン・フィルの企画が持ち上がり、同時期にDGでベートーヴェン・ツィクルスが進行しそうだった。そこで目先を変えて、企画色の強い計画が持ち上がったそうなのだ。つまりクーベリックは冷遇されたのである。三本柱と言いつつも、扱いはベームやカラヤンに次ぐものだったのであろう。
しかしこれはベームにもカラヤンにもできなかったことかもしれない。結果としてクーベリックの指揮者としての力量を知らしめることになった。
71年から75年までの4年間という期間で録音されたにもかかわらず、クーベリックはそれぞれのオケの個性を生かし、それでいて彼らしいおおらかながら繊細で重心の低い安定感のある演奏を繰り広げている。
凡演は一曲もない。
今となっては古めかしい演奏かもしれないが、えもいわれぬ馥郁とした味わいが豊かである。現代的なスタイリッシュな演奏もいいが、やはりあの時代の演奏には心惹かれるものがある。
ちなみ各担当オケは以下の通り。
1番 → ロンドン響
2番 → ロイヤル・コンセルトヘボウ管
3番 → ベルリン・フィル
4番 → イスラエル・フィル
5番 → ボストン響
6番 → パリ管
7番 → ウィーン・フィル
8番 → クリーヴランド管
9番 → バイエルン放送響
すごいオケばかり振ったものである。
もちろんすごいオケはほかにもたくさんあるが、こういう場合ひとつやふたつ「あれ?」と思うものが含まれているものである。さすがDGと言うべきか。
この当時はまだオケによる個性というのが明確だった。ことに音色の違いというのは明らかで、そうした点でもとても楽しめる。ことに『田園』でパリ管を起用したのは大正解で、色彩的で柔らかな音色がよく合っている。4番のイスラエル・フィルの弦がとても綺麗だというのが意外だった。
ちなみに、5番の第1楽章、例の再現部のファゴットはホルンに改変されている。
まあ、真っ先に勧めることができるような全集ではないかもしれないが、あの時代の音楽事情を知る意味でも興味深いものであるのは確かだ。
この演奏からは指揮者とオケがとても良好な関係であったことが窺える。
指揮者はオケの個性や自発性を尊重し、オケのメンバーは指揮者の棒に全てを委ねている。
ともすれば大失敗となる危険性のあった企画が成功を収めたのは、やはりクーベリックの力量であり人柄であったのだろう。
ちなみに現行の全集盤では同時期に録音されたバイエルン放送響との7番も併録されている。
もともとの全集の最初の録音になるはずだったもので、企画変更のためお蔵入りとなっていた。ウィーン・フィル盤と聴き比べてみると、演奏時間はほぼ同じ、音楽の作りもほとんど変わらない。それだけにふたつのオケの違いがよくわかる。ふたつのオケを振りつつ、その音楽は変わらないというあたり、クーベリックの指揮というのは確信に満ちたものがあるのだなと思う。と同時にオケのクーベリックに対する信頼の厚さというのも感じる。
やはり偉大な指揮者だったのだなあと思う。
ちなみに、クーベリックはライヴになると燃えに燃えることでも知られている。
録音で聴かれる端正な音楽とは正反対の凄演や爆演も少なくない。近年そうしたライヴ録音が音源化され、クーベリックの別の一面を知ることができるようになった。ことにマーラーでのテンションの高さは異常とも思えるほど。それでも名演と思わせてしまうのだから、クーベリックの棒というのは恐ろしい。
そんな中で意外だったのが彼には合いそうもないと思っていた幻想交響曲。
第3楽章までは端正な演奏なのだが、第4楽章に入ると俄然熱を帯びてきて、凄まじいまでの熱演になっている。この燃えたぎる棒についていったバイエルン放送響も素晴らしい。
さて、ベートーヴェンに話を戻すと、短時間で9曲を聴いてみると、どれひとつとして同じような曲がないということに気付く。9曲それぞれが違う性格をしている。
クーベリックの全集だとそのことがさらによくわかる。
想定外の企画だったかもしれないが、どの曲にどのオケが合うかは入念に検討されたのだろう。その結果それぞれの個性がより際立つことになったと思う。
そうなると今度は同じオケでの全集を聴き通してみたいと思うものである。
昔に聴いて強い印象が残っているケンペ&ミュンヘン・フィル、なんだかんだ言いつつ惹かれるバーンスタイン&ウィーン・フィル、賛否両論のジンマン&チューリッヒ・トーンハレあたりが候補だが、当時のオリジナルに近い形で演奏されているというガーディナー盤を選ぶのもアリかもしれない。
それも重要だが、弦楽四重奏曲の全集が欲しいと思うのであった。
これもいろいろあって迷う。。。
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