女子ロック花盛りである。
アンダーグラウンドやインディーズはともかく、メジャーなフィールドで活動している連中に限れば、日本ではもはやロックは女子のものであるとも言えよう。女子がロックをするには越えなければならないハードルがヤロウよりも多い。なので女子がロックをするというだけでロックなのだ。
BABYMETALの活躍でメタル界にも女子ありを印象付けられた。
女子が元気であるということはいいことだ。
サイレント・サイレンというバンドがある。サイサイが略称として定着しているようだが、それはどうだろう? カッコいいとは思えないのだが…。本人たちがいいと思っているのだからいいのだろうが、なんだか締まらない響きだ。せっかくサイレント・サイレンというカッコいい名前なのに。
全員読者モデル(略して読モ)の四人組。編成はギター&ヴォーカル、キーボード、ベース、ドラムス。
バンドやりゃ売れるんじゃね、とお偉いさんの呼びかけで結成されたんだろ。どうせろくに楽器も演奏してないんじゃねえの。なんてナナメに見ていた。
そんなことはありませんでした。
音楽好きな楽器経験者が集まって結成され、当時は知らないが、今は見事な演奏を聴かせる。
読モというのは若い女性にとってはカリスマ的な存在のようで、そのせいか女性ファンが多い。
その音楽はカラフルでポップな曲をロック・ビートに乗せたような感じだろうか。一聴するとJ-POPとの区別は付けにくいが、充実したリズム・セクションがロックであることを主張している。
そのサイレント・サイレンが3枚目のアルバムをリリースした。
3枚目にしてセルフタイトルにしたというのが自身の表れだろうか。
確かにこのアルバムでの進歩には目覚ましいものがある。前二作と比べてみるとその違いは明らかだ。演奏の上達ぶりもそうなのだが、なによりヴォーカルが安定してきている。どことなく頼りなげな印象だった前二作よりも確信を持って歌っているように思える。キュートな声はそのままだが、一本芯が通ったという印象だろうか。
添え物で装飾的な色合いが強かったキーボードもバンドサウンドに溶け込むようになっている。
楽曲も充実していて、いいアルバムだと言っていいのではないだろうか。
最近のギャルバンはリズム隊がしっかりしている。
SCANDALが擁するまるでザ・フーの孫のようなリード・ベースとリード・ドラムはやはり特異な存在であろう。さすがにザ・フーほどハチャメチャではなく、リズム・セクションの域にとどまってはいるが。
サイレント・サイレンのリズム隊もなかなか強力である。もともと安定していたドラムは手数足数が増えている。ベースはこれまで以上にメロディックなラインを弾いていて、意外に変態っぽいぞ(これ、褒めてます)。
やはりね、ロックサウンドのキモはリズム隊なんだよね。ギターやヴォーカルにヘタウマはあってもリズム隊にヘタウマはありえない。最低限サウンドの屋台骨とならなければいえない。そのうえでほかにどんな仕事ができるかを問われるのがリズム隊なのだ。ヴォーカルやギターといったフロントとは異なる難しさとおもしろがある。そこに気付いている女子が多いようで、ベースやドラム、ことにドラムが人気なのだそうだ。
もともとロックはリズムを強く意識させる音楽である。
そこに日本独特のメロディー主体の音楽を結びつけたのが日本のロックのアイデンティティーだったはずだったと思う。それなのにメロディーばかりが強調されてしまっては、日本流ポップスと変わらないのだ。
日本のロックが軟弱になったのは歌詞の内容がとかロック・スピリッツがとかそういうったことではなく、それ以前にリズムをないがしろにしてしまった点にある。もちろんメロディーも大切だが、リズムを効かせないとロックにはなりえないのだ。
ギャルバンには強力なリズム隊を擁するバンドが少なくない。
ロックの復権はリズム中心のサウンド作りをするギャルバンによってもたらされた。そんなふうに思う。
サイレント・サイレンもそんなバンドのひとつ。
ルックスの華やかさや、親しみやすいポップ感覚、あるいは読モ出身であること、などからそうは思われていないのかもしれないが、生粋のロック・バンドである。
サイレント・サイレン、つまり静かなサイレン。ユニークなセンスだ。そういえば、相反する言葉を並べたバンド名っていうとあのレッド・ツェッペリン(鉛の飛行船)と一緒じゃないか!
しかし、ジャケットを見るとバンドをやっているようには見えないよな。
ログインしてコメントを確認・投稿する