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2013年02月28日22:26

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アルバンとマノン

『ひとりの天使の思い出のために』あるいは『ある天使の思い出に』という副題が素敵である。
アルバン・ベルクのヴァイオリン協奏曲。20世紀に書かれた音楽の中で最も美しいと言っても過言ではあるまい。
十二音技法を用いて作られているもの調性に回帰した部分もあって、そうした聴きやすさも人気の要因のひとつなのだろう。さらに標題音楽的な劇的表現のわかりやすさというのもあるかもしれない。

そしてこの曲に秘められたエピソードが彩りを添える。

マノン・グロピウス。
この曲を語るにあたって避けて通ることはできない。
マーラーの未亡人アルマが建築家のヴァルター・グロピウスとの間に授かった娘がマノンである。
黒髪の美しい利発な少女だったという。
子どものなかったベルクはことのほかマノンを可愛がった。おそらくそれは父娘にも似た良い関係だったのだろう。私にはなんとなくベルクの気持ちがわかるような気がする。
しかし、マノンは小児麻痺に侵され闘病の末19歳の若さで天に召されてしまう。
マノンの訃報に悲嘆にくれたベルクがオペラ『ルル』の作曲をうっちゃってマノンへのレクイエムとして作ったのがこのヴァイオリン協奏曲なのだ。そう、天使とはマノンのことである。
ところが虫刺されから敗血症を起こしたベルクも間もなく世を去ってしまう。マノンに対してだけではなく、はからずも自らに対してのレクイエムになってしまったわけだ。

おそらくベルクはこの曲を作曲中に自らの命もそう長くないことを悟っていたのではないだろうか。
なぜならここに描かれているのはマノンだけではないからだ。

ベルクはおバカな男である。作曲家で成功しなければ単なる放蕩息子だったことだろう。そこに親しみを感じるか、嫌悪感を抱くか、意見は分かれることと思う。私がどちらかは敢えて言うのはやめておこう。
17歳のときにベルク家の女中マリー・ショイフルと愛し合う。未婚の母となったマリーは娘にアルビーネと名付けた。アルビーネはベルクのファースト・ネームのアルバンの女性形である。おそらく、名家のドラ息子と女中との間のよくある出来事ではなく、二人は確かに愛し合っていたのだろうと思う。身分違いの悲恋だったのだろう。そうでなければ娘の名前にアルビーネなどと付けるだろうか。
そして、ベルクはヘレネというやんごとなきお方のご落胤と言われる高貴な妻を得た後、ハンナ・フックス=ロベッティンという女性と不倫関係に陥る。その結果生まれたのが名作『抒情組曲』である。

で、ヴァイオリン協奏曲だが、突然能天気に奏でられる誰もが知っているであろうケルンテン地方の民謡。これはマリーの回想である。そう、マリーはケルンテン地方の出身だったのだ。
そして、H音とF音はハンナ・フックスを示している。
つまりこの曲はベルクが(広い意味で)愛した女性の回顧録でもあるのだろう。
ベルクはマノンのためだけではなく自分のためのレクイエムとしてこの曲を作曲したのではないか。私がそう思うのはそうした理由からだ。
女性に自分を語らせるというのがなんともベルクらしい。

さて、現代音楽(と言うにはいささか古いが)にもかかわらず録音には恵まれている。
私がずっと愛聴していたのはピンカス・ズーカーマン(vn)とピエール・ブーレーズ&ロンドン響という盤(写真左)。ズーカーマンの線の細い繊細な音色がここでは効果的。特別好きなヴァイオリニストではないが、これに関しては名演である。そしてジャケットが良い。セピアに加工された写真はマノンなのだそうだ。今もこの演奏は現役盤として聴けるが、カップリングを変えて、さらにジャケットまで変わってしまっている。残念…。なので間違っても処分できないCDである。

さらに、昨年目が覚めるような名演が現れた。
演奏はイザベル・ファウスト(vn)とクラウディオ・アバド&モーツァルト管である。(写真中央)
リリース直後から何十回と聴いたが飽きることがない。名器スリーピング・ビューティが歌う歌う。シャープなのだが音が暖かい。繊細な抒情性も見事。オケのまろやかな響きも魅力的だ。小編成ということが成功していると思う。まあ、現時点で決定盤と言ってもいいのではないか。もっとも、あえてとんがった部分は残しているので、そのあたりは好悪を分かつかも。
もちろん私はイザベルの演奏が好きだし、アバドの現代ものには全幅の信頼を置いている。それゆえの高評価というのはあるだろう。
ジャケットもいい。これはクリムトの『ヘレネ・クリムトの肖像』である。ヘレネはクリムトの姪っ子と言われている。あのクリムトにこんな愛らしい絵があったなんてちょっとホッとする。
ちなみに、カップリングはベートーヴェンの協奏曲で、これも相当な名演なのだが、たいていベルクでやめてしまうなあ…。

写真右は猫を抱いたマノン。いくつくらいの頃なのだろうか。
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