アッテルベリ(Kurt Atterberg、1887〜1974)という作曲家をご存じだろうか。
スウェーデンの作曲家である。作曲家なのだが、実は特許局の職員で、金を得るために作曲をする必要はなかったという、一風変わった人である。後にスウェーデンの作曲家協会や著作権協会の会長という要職に就くなど、スウェーデン文化に貢献のあった人らしい。
好きなものを好きなように書けたということだろうか。
北欧のシンフォニストというと、まずシベリウスとニールセンということになるのだが、実はほかにもたくさんいる。アッテルベリもそんな一人だ。
交響曲は9曲残されている。
いわゆる前衛とは対極にある音楽で、全く20世紀的ではない。油断しているとロマン派音楽と思えてしまう。
8番までの曲はメロディーが明確でわかりやすい。民謡風のメロディーは親しみやすく、気恥ずかしくなってしまうようなメロディー(いわゆる、くさいメロディー、略して、くさメロ)もたくさんある。そういう点では国民楽派的とも言えるのかもしれない。北欧的という感じはあまりしないような気がする。
ハープやチェレスタの響きが目立つようなあたりは20世紀の音だなあとも思う。
8番までは番号が増えるにつれてどんどんわかりやすくなってきているようだ。
1番からしてどことなく悲劇的な色合い。正統派シンフォニーという感じがする。覚えやすいメロディーと金管の活躍、それにリリカルな緩徐楽章というアッテルベリの個性はすでに現れている。すでに堂々とした曲をモノにできるほどのスキルがあったのだなと感心する。
終楽章の金管によるメロディーはカッコいい。
2番はよりリリカルな印象。構成面でやや散漫な印象は残るが聴き応えは十分。
ちらほらと美旋律が覗くあたりがアッテルベリらしいというところかもしれない。
3番『西海岸の光景』は描写的な音楽。チェレスタの音が印象的な静かで幻想的な第1楽章が素敵だ。このオーケストレーションは確かにロマン派のものではない。冷たい空気感は北欧的と言ってもいいのだろう。交響曲というよりは組曲っぽいが…。
4番は『小交響曲』ということで、演奏時間20分ほど。確かに短いが、それは2分にも満たない第3楽章によるためで、これが普通の長さがあれば普通の交響曲だと思う。
小交響曲ということで軽いかというとそんなことはなく、第1楽章はなかなか劇的である。山椒は小粒でピリリと辛いタイプか。
『葬送交響曲』と題された5番は終始悲劇的な雰囲気に彩られた曲。マーラーの5番の第2楽章の冒頭を思わせる激烈な第1楽章に始まり、沈鬱な第2楽章が葬送の音楽なのだろう。そして整理されきれてない終楽章。この整理されていないというのがアッテルベリの個性なのかもしれない。いくつかの楽想が入れ替わり立ち代わり現れて泣き笑いのように展開していく。終盤にワルツとなって盛り上がるあたりは、なんとも言えない情緒がある。頽廃的な趣、と言えようか。ラヴェルの『ラ・ヴァルス』とシベリウスの『悲しきワルツ』を合わせたような味わい。まるで表現主義的なこの楽章はアッテルベリとしては珍しいものなのかもしれない。
6番はシューベルト没後100年記念の作曲コンクールでの優勝作品。
第1楽章と第2楽章は比較的淡々と進むのだが、終楽章はどうだと言わんばかりのどんちゃん騒ぎ。これがまた痛快。空騒ぎではなく、収穫を祝う人々のお祭りのようだ。ノリノリで聴けるか、白けるか、分かれそうだ。
7番は『ロマンティックな交響曲』という副題を持つ。ロマンティックなアッテルベリにさらにロマンティックという標題を付けるのもどうかと思うが、わかるような気がしないでもない。どうやら第4楽章は破棄されたようで、そのせいかちょっと中途半端なような気がしないでもない。構成云々よりも、豊富なメロディーに身を任せていればいいのかもしれない。
8番は最もメロディアスな曲。民謡っぽいメロディーが満載で、ほとんどそれだけで4楽章作ってしまいました、というような感じ。くさかろうがなんだろうがいいのだ。中途半端はよくない。ここまで徹底すると気持ちいい。先に述べたとおり、アッテルベリの交響曲の中ではこれがいちばん親しみやすいかもしれないと思う。
終楽章のハリウッド映画のヒーロー物っぽい金管のメロディーはカッコいいぞ。
どの曲もアッテルベリの個性が発揮された曲だと思う。知られざる作曲家としては高レベルと思うし、作品のバラツキが少ない。
しかし、最後の交響曲となった9番『幻想的交響曲』だけは異色なのだ。
北欧神話冒頭の『巫女の予言』をテキストにした、メゾ・ソプラノとバリトンの独唱と合唱を伴う単一楽章の曲で、交響曲と言うよりはカンタータと呼ぶ方が相応しいような代物なのだ。
しかも、明確なメロディーが少なく、響きも禁欲的と言うか、前衛的なイディオムもチラホラ見受けられる。アッテルベリ流のメロディーもあるにはあるが、使い方は控えめである。
『巫女の予言』というのは北欧神話好きにとっては有名な話で、本編のイントロのようなものである。簡単に言ってしまうと、一人の巫女が主神オーディンに来るべき未来について語るという内容である。最終的にはラグナロク(世界の終末)について語り、それが近いことを予言する。
つまり、暗く重い内容なのだ。
あれだけお祭り騒ぎ的な音楽を書き続けた人の最後の交響曲がこれかよ、といいたくなるような曲であることは間違いない。
8番までのように「いい曲だ」とは簡単には言い難い。
作曲は1957年。こういう曲を作らざるをえなかったということは、やはりアッテルベリも時代の子だったということだろうか。あるいは表現者として最後の最後に世界に対して警告を発しようとしたのか…。
アッテルベリがこれを書いた意図を思うと、それ以前の曲のわかりやすさの中にも隠された意味があるのではないか、そんな深読みをしたくなるような存在感がある。
9番の位置付けはともかくとして、交響曲好き、あるいは北欧音楽好きならば、アッテルベリの交響曲は楽しめると思う。北欧的情緒は少なめかのしれないが、間違いなく抒情的な音楽である。
CPOレーベルからアリ・ラシライネン指揮で全集盤が出ている。
オーケストラはいくつかを使い分けているが、フランクフルト放送響が含まれているのには驚いた。
全集とは言っても、CPOレーベルらしく「バラで出ていたものをそのまま箱に入れました」というだけのものだが、バラで集めるより間違いなく格安である。それにこのレーベルはジャケットも素敵だ。このシリーズではノルウェーの画家ハラルド・ソールベリの絵が使われている。
こういうレーベルが元気なのは嬉しいね。
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