久々にTOTOのアルバムを聴いた。
彼らの主要なアルバムがリイシューされたことによる。
70年代末に西海岸の名うてのスタジオ・ミュージシャンによって結成されたバンド。
いわゆる「産業ロック」と揶揄される代表選手でもある。
産業ロックとは、つまり売れ線狙いの耳あたりのいいロック、あるいはスピリッツをなくしたロック、ということにでもなるだろうか。
話はそれるが、そもそもこの産業ロックという言葉自体に矛盾を含んでいる。音楽がビジネスとして回っている以上、あらゆるロックは音楽産業という枠にくくられている。つまり、ロックは全て産業ロックということになってしまう。
言い換えれば、産業ロックというのは侮蔑的な意味合いでしか使われないということなのだ。
産業ロックという言葉が使われ始めたのがおそらくTOTOの登場と同じくらいの頃で、ジャーニーやスティクスやボストンやフォリナー、あるいはUKプログレ界の大物が結成したエイジア、軟化したシカゴあたりが産業ロックの代表格のような言われ方をしていた。
ただ、これらのバンドの多くはプログレ・ハードなどという呼ばれ方もしていて、劇的な曲調と確かな技巧と覚えやすいメロディーを持つという共通点があった。ある意味、ポップ化したプログレの一形態と言うこともできたように思う。演奏能力はそんじょそこらのバンドが束になってもかなわないくらい高かったのだ。
ただ、当時の自分は若かった。ロックはスピリッツだ、といきがっていた時代である。
TOTOやジャーニーを聴くというのはちょっと気恥ずかしいものがあったりしたのだ。
それでもやはり魅力があったのだろう。振り返ってみると結構聴いていたのだ。
TOTOの『ハイドラ』、ジャーニーの『エスケイプ』、スティクスの『パラダイス・シアター』、ラッシュの『ムーヴィング・ピクチャーズ』、エイジアのデビュー・アルバムなんかはあの時代の象徴だったような気がする。
で、そうしたバンドの主要なアルバムはCDで持っていたりするのだ。
さて、TOTOに話を戻すと、確かに批判的精神が旺盛で新しい音楽を切り拓くというタイプの音楽ではない。ある意味、ロックではないと言い切ってしまってもいいように思う。
というか、もはやそういうジャンル分けは意味を成さないように思う。全てをロックでくくろうとすること自体に無理があるのだ。
TOTOの精密なアンサンブルはむしろフュージョンに近いのではないかという気さえする。それにヴォーカルが乗る。シンセサイザーが劇的に進化を遂げつつある時代背景もあって、スペイシーな音作りで洗練されていた。キーボード奏者が二人いるという個性を十分に生かしたアレンジが成されていた。スーパー・ギタリストのスティーヴ・ルカサーを擁していたというのも大きいし、何よりも正確なタイム感覚と超絶技巧と豊かなグルーヴ感を併せ持つジェフ・ポーカロのドラミングが素晴らしかった。
ジェフはスタジオ・ミュージシャンとしてさまざまなミュージシャンの数多くの録音に参加している。しかし、いちばん自由に叩いているのはやはりTOTOでだったのだろうなあと思う。彼のドラミングを聴くだけでもTOTOのアルバムを聴く意味がある。
一般的に最高傑作と言われるのはグラミー賞を受賞した『TOTO �検�(写真左)である。『ロザーナ』を始めヒット曲も多い。オリジナル・メンバーでの最後のアルバムでもある。『ロザーナ』でのジェフによるハーフタイムシャッフルというリズムパターンは新鮮だった。
その後、シンガーが安定しない迷走期に入る。
実はこの時期の『アイソレーション』『ファーレンハイト』『セヴンス・ワン』の3枚が欲しかったのだが、今回の再発ではプレス枚数が少なかったのかすでに市場から消え始めている。
いちばんのお気に入りは2ndの『ハイドラ』である(写真中央)。ことにLP時代で言うA面は素晴らしい。
このアルバム、ヴォーカル以外はほとんど一発録りだったと言われている。さすが腕自慢の連中である。そのチャレンジャブルな精神はまさにロックではないかと思う。
3曲目のバラード『99』が好きである。本編もいい曲だが、イントロとアウトロが抜群にカッコいいのだ。
この曲については思い出がある。
1980年の11月、カール・セーガン博士の『COSMOS』という番組が集中的に放映された。それのスポンサーがSONYだったのではないか。ナスターシャ・キンスキーの『テス』で彼女が苺を頬張る有名なシーンが使われるCMが盛んに流れていた。清楚な色っぽさにやられてしまったのだ。で、ほぼ同じくらいのローテーションで流れていたのが『99』を使ったCM。デヴィッド・ペイチが白いピアノを弾いていたように思う。それゆえか、白い衣装のナスターシャ・キンスキーとリンクされてしまったのだ。なので、彼女のCMのバックに『99』が流れていたような気がしてしまうのだ。
大学受験を控えてはいたが、最も平穏な時期だった。
それから1ヶ月も経たないうちに悲惨な出来事に見舞われるなどとは思いもしなかったが、それは別のお話。
それはともかくとして、今だからこそTOTOの良さがわかるように思う。
私にとってTOTOはオリジナル・メンバーによる初期4枚までだったのだが、ジェフ最後のアルバム8枚目の『キングダム・オブ・ディザイア』を聴いたらこれがなかなか良かった(写真右)。たっぷりロックした仕上がりになっていた。というわけで、今まで興味のなかった5枚目以降も聴いてみようという気になったのだ。
ちなみに、希代のドラマー、ジェフ・ポーカロは92年に急死している。
TOTOはやはり非常に緻密な音作りをしている。
産業ロックと揶揄するのもかまわないが、そう言われたバンドたちの底力は凄まじいものがある。あの時代以降、あれほどの高レベルの作品を作ることのできたバンドがどれだけいたことか。
そう考えると、産業ロックという言葉も商業的に成功したことへのひがみと感じられなくもない。
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