昨日エッティンガー&東京フィルのなかなか見事なモーツァルトの交響曲第40番を聴いて思い出したことがある。
あまりにも有名なこの曲には録音の数もハンパではないほどある。
どれを取ってもそう間違いはないとも言えるが、本当に気に入った演奏を見つけるのは難しいとも言える。
この曲の決定盤はラファエル・クーベリック&バイエルン放送響の80年の録音であると確信している。端正だが豊穣なモーツァルト。ことさら表現を大きく取るわけでもないが、露わにしない悲しみが実に心を打つのである。巨匠時代最後の名演と言えるかもしれない。その後、これを凌ぐ録音に出会ったことはない。
そしてもうひとつ、極めつけの名演がある。
ブルーノ・ワルター&ウィーン・フィルによる52年のライヴ録音だ。
何しろ古い録音である。音は薄く、分解能もよくない。しかし、この盤にはそういうものを超えた何かがある。モーツァルトの曲調とワルターのテンペラメントとウィーン・フィルの信頼とが醸し出すえも言われぬ音楽が記録されているのだ。悲哀に満ちた穏やかな音楽。耽美的、頽廃的でもある。
まあ、万人向けの演奏ではないだろうが…。
しかし、ワルターの気合いは凄い。ところどころで彼のうなり声が聴こえるのだ。
第1楽章は思い入れたっぷりだ。ことに再現部に入ってからの迫力がすごい。5分を過ぎたあたり、休符があるかのような、いわゆるワルター・パウゼがある。ここが素晴らしい迫力だ。ためて爆発するような感じ。
終楽章の切迫感も素晴らしい。それでいて暖かみがあるのがワルターらしいところだ。
この録音は拍手に始まり、拍手に終わる。修正なしのホンモノのライヴ録音。
ちなみに録音された5月18日はマーラーの命日でもある。
幸いなことにワルターはコロンビア響とステレオ録音を残してくれている。これもまた素晴らしい演奏だ。どれか一枚というのであれば、これを取るという手もあると思う。
クーベリック盤にしろワルター盤にしろ、こうした感動は昨今のピリオド・スタイルの演奏では味わえないものだろうと思う。
時代の流れの中でも色褪せない名演。そういうものは確かにあると思う。
ログインしてコメントを確認・投稿する