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2010年08月17日22:45

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サラの鍵

じっくりと時間をかけて読んだ。
新潮クレスト・ブックスから出ている、フランスの女流タチアナ・ド・ロネの『サラの鍵』という小説。

1942年のパリ、後にヴェルディヴと呼ばれることになる、ユダヤ人の一斉検挙が行なわれる。
検挙された人々はアウシュヴィッツに送られ、ホロコーストの犠牲となる。
驚くべきことは、この一斉検挙がフランス警察主導によって行なわれたということだ。
そして、この闇の歴史は戦後人々の記憶から薄れていく。
1995年、シラク大統領がこの「ユダヤ人狩り」をフランス国家の責任として正式に謝罪をした。
ヴェルディヴについてこのとき初めて知ったフランス人も多かったという。

この小説はこのヴェルディヴに材を取っている。
1942年夏、パリに住む少女サラの一家は検挙される。そのとき、機転を効かせた少女は年端の行かぬ弟を隠し部屋に匿い、すぐに助けに来ることを約束し、鍵をかける。
小説のタイトルとなったサラの鍵とはこのことだ。

語り手は現代のパリに暮らすジャーナリストのアメリカ女性ジュリア。
ヴェルディヴを取材するうちに、ヴェルディヴとフランス人の夫の実家との関わりを感じていく。そして、サラという少女を知る。
前半はジュリアの視点での現代と、第三者視点でのサラに起こった出来事とが交互に綴られていく。そして、後半はジュリアがサラを探す物語に収束していく。

決して明るい話ではない。
それなのに、あるいはだからこそ、心を打たれる。

やはり前半、気丈なサラの印象が強い。
このサラの物語だけでも十分に読む価値がある。ホロコーストを題材にした小説の中でも白眉と言えよう。

現在と60年前の出来事とを集約させる構成も見事だし、ストーリーテリングも上手い。
ミステリーではないが、サスペンスフルである。
そして、最後の最後に胸がぐっと来るような仕掛けが用意されている。
余計なのではないか、と感じていたエピソードがこのためにあったと知ったとき、作者の術中に嵌まっていたことに気付いた。ミステリーの意外な結末にも劣らない「してやられた」という感覚。やられたのに、なんだか嬉しいという奇妙な感覚。

それにしても、戦争がもたらしたものは何だったのか、思わずにはいられない。
そして、国の責任を堂々と認めたフランスの勇気には感服する。たとえ、それまでに50年以上の歳月を要したとしても。

戦争を語り継ぐ、それは日本においても大事なことだ。
唯一の被爆国として、原爆の悲惨さを発信し続けることは、もちろん重要なことである。
しかし、日本が他国に対して何をしてきたのか、それも同様に語り継ぐべきではないのか。日本が何をしてきたのか、それをいちばん知らないのは日本人ではないのか。それは地球人として恥ずべきことではないのか。

おりしも、日本の夏は死者との距離が近くなる季節。
そして、戦争が終わった季節でもある。
『サラの鍵』を読むのにうってつけの時期と言えるかもしれない。
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