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2010年05月21日23:01

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ウィッシュボーン・アッシュ

ブリティッシュ・ロックの名盤というと必ず挙げられるものがある。
ウィッシュボーン・アッシュ、72年の名作『百眼の巨人アーガス』だ。
この時期ウィッシュボーン・アッシュは「世界で最も美しい音を出すロックバンド」と称されていた。確かに繊細で劇的なツイン・リード・ギターを前面に出したサウンドは、そう呼ばれるのに相応しいものだった。

ツイン・リード・ギターの元祖はヤードバーズあたりに遡るのだろうが、そのスタイルを確立し完成させたのはウィッシュボーン・アッシュだと断言してしまう。後にメタル系の基本フォーマットとなるツイン・リードはこの時期はまだ一般的なものではなかった。ギタリストがふたりいる場合、どちらかがリードで、もう一方がリズム・ギターというスタイルが多かったのだ。だから、2台のギターが美しくハモったアンサンブルを聴かせるというのは非常に珍しかった。乱暴な言い方をしてしまえば、ヘヴィ・メタルの多くのバンドが彼らから多くのものを負っているということさえできる。
さらに、アメリカに進出した際のプロデューサー、ビル・シムジクを通じてツイン・リードのノウハウがイーグルスに伝わった可能性もある。つまり、彼らなくして名作『ホテル・カリフォルニア』も生まれなかったかもしれないのだ。
また、アンディ・パウエルは一貫してフライングVというギターを使っている。神と呼ばれる名ギタリストのマイケル・シェンカーがフライングVを使い始めたのは彼の影響によるものなのだそうだ。
それらを鑑みてみると、ウィッシュボーン・アッシュが後世に与えた影響というのはことのほか大きかったと言えるのかもしれない。

オリジナル・メンバーは、アンディ・パウエル(g)、テッド・ターナー(g)、マーティン・ターナー(b,vo)、スティーヴ・アプトン(ds)という布陣。70年代中盤にローリー・ワイズフィールドがテッド・ターナーに代わる。
成功を収めた後、アメリカ進出を試み失敗、英国に戻るもすでに時流はパンク真っ盛り、という典型的なロックバンド的生き方を実践してしまったバンドだった。しかし、セールス的に落ち込んだ時期も作品のグレードは高い。

先述『アーガス』はオリジナル・メンバー時の3枚目のアルバム。1stと2ndで培ってきた実力が一気に開花したという印象だ。
中世ヨーロッパの剣と魔法の世界を思わせるような雰囲気を醸し出しつつ、そこに描かれているのは決してヒロイック・ファンタジーではない。国のため自由のため、そんな大義名分を掲げて闘うことの光と影。視点は歴史を動かしたであろうヒーローではなく、あくまでも名もない庶民なのだ。

01.時は昔(Time Was)
02.いつか世界は(Sometime World)
03.ブローイン・フリー(Blowin' Free)
04、キング・ウィル・カム(The King Will Come)
05.木の葉と小川(Leaf And Stream)
06.戦士(Warrior)
07.剣を棄てろ(Throw Down The Sword)

LP時代はA面(01〜03)、B面(04〜07)と分かれていた。タイトルだけで壮大な物語を想像させるような曲がズラリと並ぶ。
トラッド風の出だしからスリリングなギター・バトルに展開する『時は昔』と、哀切なメロディーと劇的な展開の『いつか世界は』で世界の変化が歌われる。珍しくカラッとした『ブローイン・フリー』は箸休め的なポップな曲。
B面の構成は圧巻で、『キング・ウィル・カム』ではドラマティックに王の行軍が描かれる。『指輪物語』の『王の帰還』を思い浮かべる人もいることだろうが、すでに運命が傾きつつあることを感じさせる。続く『木の葉と小川』は静かな描写的な曲。人や世界は変わってしまうが、自然だけは変わらない、そんな光景だろうか。『戦士』ではすでにこの闘いが敗色濃厚であることがわかる。しかし、闘わなくてはならない。農民が鋤を剣に持ち替えて自由のために闘う、そのくだりには胸が詰まる。そして、エンディングの『剣を棄てろ』では闘うことの空しさが歌われる。切々と迫る最後のツイン・リード・ギターの美しいこと。はたして闘いには勝ったのか負けたのか。得たものは何か、そして失ったものは何か…。
と、書いてはみたものの、実際にはストーリー・アルバムとして考えられたものではないという。ただ、各曲が有機的に結びついているのは間違いなく、製作途中からコンセプト・アルバムとして意識されたのは疑いのないところだと思う。いずれにせよ、聴き手にいろいろな解釈をさせるだけの力があるということだ。
ファンタジーの体裁をまといつつ、ビターな世界観を提示している。争いは何ももたらさない、昔話をするようにそう話しかけているかのようだ。

リリカルかつドラマティックなツイン・ギターの美しさは他の追随を許さない。さらに、音圧の高いベース、手数の多いドラムスも素晴らしく、このリズム・セクションがあるからこそ、ギター・サウンドが映えるのだと思う。
まさに、完璧なアルバム。完璧すぎるのが欠点と言えるのかもしれない。
ウィッシュボーン・アッシュのみならず70年代英国ロックを代表する名盤。
しかし、これは彼らにとっては高すぎるハードルとなってしまった。その後、試行錯誤しつつも良作を生み出してきた彼らだが、結局この名作を超えることはできなかった。奇跡的な名盤を創ってしまったことによる苦悩は大きかったことだろう。

さて、そのウィッシュボーン・アッシュの旧譜が最新リマスターを施されSHM-CD仕様で一気に再発された。
すでに全て持っているのだが、買い替えを決意した。前回のときはリマスタリングされていると謳われていたのに、あまり音が良くなっているという印象を持てなかった。それに紙ジャケもペナペナでちょっと安っぽい感じだった。
メーカーの策略にまんまと乗せられているとは思うが、仕方ないだろう。
ざっと聴いてみたところ、低音の分解能が上がっているような感じを受けた。以前はこもったように聴こえていたが、かなりクリアーになっている。バスドラとベースの音の輪郭がハッキリした。買い替えた意味はあるのではないかと思う。

ブラック・サバスはガマンした。来月のローリング・ストーンズもガマンする。つまり、ウィッシュボーン・アッシュとは私にとってそういうバンドなのだ。
キーボードやエレクトロニクスに頼らず、幻想的で神話的な世界を表出することのできた稀有なバンドだったとも思う。ロックとしてのダイナミズムを失わず、かつ繊細で抒情的なギター・サウンドを持つこのようなバンドは、その後も現れていない。現在までツイン・リードのバンドは数あれど、ウィッシュボーン・アッシュはまさしく孤高だった。
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