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2024年04月13日16:50

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本棚619『旅の窓』沢木耕太郎(幻冬舎)

 世界各地で撮りためたそれぞれの写真に、一文がそっと添えられている。観光名所などはなく、ぶらりと歩いた街角での日常のスナップが多く、その街の空気やその地で暮らす人たちの息遣いが感じられる。

 何十年か振りに訪れたネパールのカトマンズの露店の裸電球を見て、「ほとんど肉体的な痛みを伴うような深い哀しみ」にとらわれた思い出が印象的だった。旅に出て気持ちが鋭敏になる面もあるのだろうが、以前旅した場所を再び訪れる時、過ぎ去った時の膨大さに直面し、戻らぬ時への哀惜がかき立てられるのではないだろうか。

 冬のポルトガルのサンタクルスの海岸における一人の釣り人の点景には、釣りとは、長い「釣れない時間」に耐えるものであり、自分はその時間を楽しめ、釣りに向いているのではないかという文章が置かれていた。昨日の日経新聞で読んだ、川上未映子さんの「幸せとは持続するものではなく、流れていく人生のそこかしこに点在するものだ。(略)記憶の点をつないでできあがる星座のようなものが、幸福というものではないだろうか。」という言葉をふと思い出した。時折もたらされる恩寵のような満ち足りた時を歓ぶとともに、それ以外の長い時間も愉しむことー「釣り」と「人生」とが重なって見えた。
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