さりながら

　　　　さりながら　　　　　　　　　　　　　　　斎藤　寛

朝起きて顔を洗つて歯を磨き飯を食つたとうたに詠みたり

早桶の「頭抜け大一番小判型」小三治の喋る「付き馬」に聞く

霧吹きはゼリーに敗けつちちのみの父ののみどを鎮めむとして

若き日の父の書きたる詩篇には「明日のニュースを聞いた」とありき

「おとっつぁん、トチるなよ！」とて「お言葉」を祖母は囃しき昭和某日

「朕惟フニ…」と垂訓せしは「おとっつぁん」に成り上がりぬ其(そ)を戦後と称す

さりながらチンすると言うて使ひをりピーピーと鳴る電子レンジを

ＡＩを頼りに飯を炊きながら読み齧る「シンギュラリティ」がなんたら

喧嘩売る手紙来らず喧嘩買ふ電話来らず夕焼けてをり

老太陽と詠みし三鬼をおもひつつMetallicaを聴く25時半

晴れもせず降りもしせざる土曜日のフェイスブックは自己愛の沼

システムに使はれてをりたはやすく「いいね！」「いいね！」と押してまはれば

世を憂ふるうたのことばは讖(しん)と化し、然(さ)なり、憂ふべき世を呼び寄せぬ

わが辞書に「目的」といふ語はあらずほろほろと恋ひほろほろと酔ふ

熱燗の二本にさらに追加する二本われらの「自己実現」は

※１０首目（老太陽と…）詞書：「朝の氷が夕べの氷老太陽」

（「舟」３５号より転載）

［付記］１０首目（老太陽と…）については、６月青の会の記事（※）をご参照ください。

（※）https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1971760744&owner_id=20556102


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