時々、荒唐無稽な夢を見る。朝目覚めた時にはかなり詳しく覚えていることもあるが、お昼頃になればたいてい忘れてしまっている。夢日記のようなものをつけてみようかと思ったりもするが、なんだか面倒だし、そのような記録にさしたる価値があるとも思えない。ヘンに夢判断のようなことに凝り出してあやしい道へ入ってしまう、などというのも避けたい。
というような中で、歌に遺しておいた夢は記憶からは消えても記録として残る。
僕が初めて「短歌人」に出した月例歌稿は２００７年４月号掲載のものであった。以降、今のところ欠詠なしで投稿を続けている。２回目の月例稿、つまり２００７年５月号の拙稿１５首のおしまいの方に次の３首を置いた。３首ともボツになって、誌面には載らなかったし、もちろん拙歌集『アルゴン』にも拾わなかったが、投稿記録ファイルには残っていた。
きさらぎの朝（あした）の夢に参観す小池教諭の物理の授業 斎藤 寛
物理の授業いつしか国語の授業へと変換されゆく不思議を見詰む
「句またがり・句割れ・副句の分別の理解未だし要再履修」
ちょうど、小池光さんが物理の教諭をされていた埼玉の高校を退職された直後ぐらいの時期だったと思う。
夢の中では小池先生はなお高校に勤務していて、授業参観で小池先生の物理の授業を教室の後ろの方に立って見ていたのだった。保護者という立場だったか、同僚としての授業研究の一環みたいなことだったか、そのへんは定かではない。
どんな内容の物理の授業だったかも覚えていない。というか、いくら夢とはいえ己れの在庫にない情報は出てこないだろうから、よくわからぬがなんだか難しそうな物理の授業をされているなあ、ぐらいの感じで見ていたのだったと思う。
ところが、ふと気づくとその物理の授業はいつの間にか国語の授業に、それも短歌の句またがりなんぞについての話に移行しているのだ。その移行過程があまりにスムーズで、物理から国語への変換点が全くわからなかったのである。なるほどこれは名人芸だ…、と大いに感嘆していたあたりで目が覚めたのではなかったかと思う。
というのが上記１首目、２首目である。なぜ句またがりの話が出てきたかと言えば、これはネタ元がはっきりしていて、ちょうどその頃、小池さんの「句の溶接技術」という文章（現代短歌文庫『小池光歌集』所収）を読んだのだった。上記３首目はたぶん夢の続きではなく、醒めた後にくっつけた歌だっただろう。「句の溶接技術」の末尾に「演習」という項があって、次のような設問が記されている。
［以下引用］
（問）次の一首を「句またがり」「句割れ」「副句」の概念を用いて分析し、句間の溶接状態を調べよ。
鷲鳥卵つめたしカルガンチュアの母生みしパパイヨ国の五月雨 塚本邦雄
［引用終り］
元の小池さんの文章では、この問の後に詳細な模範解答が付いているのだが、それについては略。ともあれたぶん僕はこの「演習」を模範解答を見ずにやってみて、ありゃあ、だめだあ、まだ全然わかってないや、と思ったのだったろう（このあたり、詳細な記憶は皆無なので多分に推測が交じるが）。それで「要再履修」を申し渡されました、というのを３首目にくっつけたのだろうと思う。
小池さんご自身も、あの頃はこういう理屈めいたことを言うのが好きだったんだよな、今はもう全然そんな気持ちにはならないけれどねえ…というようなところではないだろうか。小池さんの最新歌集『梨の花』は、句またがりや句割れや副句などについて何も知らなくてもさしつかえなく、なんだかとてもなつかしい気分に浸って読める作品集であった。
が、『梨の花』を分析しようという大志を抱けば、秋田興一郎さんの下記の記事の如くそれを実現することもできる。下記の記事が1/11、つまり全１１回連載の１回目である。以下、記事末尾の次の記事へのリンクを辿ってゆけば１１回目まで続けて読むことができます。
https://amanokakeru.hatenablog.jp/entry/2019/10/25/000403
【最近の日記】
サヘル・ローズさんの語る自分史
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