２０１９年１０月、現代短歌社刊。『雲ヶ畑まで』（六花書林、２０１２年）に続く近藤かすみさんの第２歌集。
ひとつ前の記事で�酖脹冤困気鵑離屮蹈阿砲弔い峠颪い燭�、かすみさんのブログ（＊）も、たしか僕が「短歌人」に入ったあたりから愛読している。
（＊）
https://blog.goo.ne.jp/casuminnhamosui
現在のかすみさんのブログは、読まれた歌集から何首か紹介されている記事がメインになっているが、かつては短歌人関西歌会速報とか朝日歌壇から３首などという記事も掲載されていた。初めてかすみさんにお目にかかったのは２００７年夏、新潟で開催された短歌人全国夏季集会の時で、ブログを拝見していますなどとご挨拶したのだった。文字で再現するのは不可能だが、お話のされ方がいかにも京都のお方、という感じだったのが強く印象に残っている。
歌集タイトルの花折断層は滋賀県から京都府へ走る断層だそうで、Ｈさんのブログ「こぎいでな」でのこの歌集の紹介には、「京都近辺に住む者にとってはドキリとする『花折断層』」と書かれていた（＊）。この歌集の中に「花折断層に因む災禍を待つこころ先割れスプンにタルトを崩す」（「花折断層」に「はなをれ」のルビ）「生きてゐる家を殺めて生きのびむ京の花折断層の上」という２首が離れた位置にさりげなく置かれている。
（＊）
https://tonbitei.exblog.jp/239760116/
小池光さんの『梨の花』に「人間としてだめだからだめなんだ 歌集を閉ぢてわがひとりごつ」「おもしろき事を語らぬひとの歌おもしろからず歌は人にて」というような歌があって、朝日新聞の短歌時評（２０１９．１０．２０）で松村正直さんが、ほんとうにそうか？ と疑問を呈していたが、小池説（？）に従うならかすみさんの場合は、人間が端正だから歌もまた端正なのだ、ということになるだろう。一冊を通じておよそ破調の歌というものが見られず、定型の音数に素直に従って詠まれた作品が並んでいる。僕のような読者は、もう少し遊んでもいいのに、などと思ってしまうが、それはないものねだりと言うべきなのだろう。
僕が「短歌人」誌の校正メンバーに加わった時に最初にペアを組んだのもかすみさんだった。「左右（さう）の眼に拾ひし誤字を赤ペンの先で連れだすわきの余白へ」という一首もこの歌集に収められている。かすみさんのチェックは実に正確で、最初の頃はかすみさんが赤を入れている箇所を僕はたびたび見落としていて、これはいかんと思ったものだった。かすみさん自ら「時折、誤字が浮いて見える」と書かれていて（「短歌人」２０１９．４「編集室雁信」）、まことにおそれいってしまったのだった。
以下『花折断層』より１１首。
アスファルトに煽られて舞ふレジ袋あれはさつきのわたしぢやないか
坂道の多き町なり風立ちてむかしのきみと擦れちがふ午後
ひとたびもボタン通らぬ釦穴小さきが喉のあたりに触れる
つぶらなる鮎のまなこに濡（そぼ）つもの末期の泪とおかみさん言ふ
いまの目にうつる弥生の空のいろ覚えておかむ衿かきよせて
をちこちに芥子の花咲くおそ春の野辺に逢ひたき人などをらず
すきとほるペットボトルのいろはすの凹みにやどる春のひかりは
東大路を下る市電の�θ屬聾�孫樹落ち葉に往生せりき
つぎつぎに改札くぐる人の身の裡にみつしり臓器は詰まる
ひさかたの雲井通に行きしより日照雨のごとき貴方となりぬ
若き日に好みし曲のながれくる沈黙は金ちんもくはきん （「沈黙は金」に「サイレンスイズゴールデン」のルビ）
１１首目に詠まれている「サイレンスイズゴールデン」（＊）は僕にとっても若き日のなつかしい曲だ。５首目からもうかがえるようにかすみさんは目を患っておられて、その手術の時の歌もこの歌集に収められているのだが、「Silence is golden But my eyes still see」と歌われるこの曲の「my eyes still see」は、今のかすみさんの耳には字義通りの意味として響いてきたのかも知れない。
（＊）
https://www.youtube.com/watch?v=n03g8nsaBro
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