「父や、頼もしい兄弟の多くを戦乱で失い、時代の激変によって浮沈する人の運命を如実に、身近に見つめながら、その悲劇には直接触れず、歌の表現に賭けた女性歌人が『新古今和歌集』にはじつに多いのである。」
古事記·万葉集から現代までの60人の女性歌人の代表作が一首ずつ採り上げられている。編者の馬場あき子による、それぞれの歌の解説が素晴らしい。凛とした雅やかな言葉で、歌人の生涯とともに、滴るような詩情や燃え盛る激情、痛切な哀感が綴られる。
運命の流転に翻弄された人生もあれば、平穏で幸福な人生もあり、時は等しくそれらの上をとめどなく流れてゆく。歌自体も素晴らしいが、歌として結実したその背後の想いを知ることで、より歌の深みに辿り着くことができる。
例えば、古事記の中で海神の娘豊玉毘売(とよたまひめ)が山幸彦に贈った歌は、一見、白玉のような気品高い山幸彦の装いを讃えた歌のように見えるが、背後の物語を知ると、「愛を告白しながら永遠の別れとなった」哀切極まる歌であることが分かる。馬場あき子は、豊潤な短歌の海の水先案内をしてくれる先達のようだ。
本書の中で印象的な歌は数多くあったが、同じく古事記の中で弟橘比売(おとたちばなひめ)が倭建命(やまとたけるのみこと)に対して詠んだとされる歌が、その解説とともに最も心に響いた。胸をえぐるような古人の想いが伝わってくる気がした。
「さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも ···歌はそうした野焼きの火に火照りながら、火よりも熱く言い寄った男のことを思い出している。···焼津の野火に囲まれたただ中にあって、弟橘の身をかばい何度も言問うてくれた倭建の愛に報いるため、自ら海神の犠(にえ)として海に沈むことを望んだ女人の心。そんな情熱のかなしみをこの切迫した韻律は伝えている。愛された記憶ゆえに死ねる情熱もあるのである。」
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