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2021年09月05日20:39

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本棚414『深夜特急2 マレー半島·シンガポール』沢木耕太郎(新潮文庫)

 第2巻では旅の舞台は香港から東南アジアへ。バンコクにペナン、クアラルンプール、シンガポールと鉄道でマレー半島を下ってゆく。それぞれの土地の人びととの束の間の一期一会の交流は描かれるものの、興奮や熱気、心震えるような感動は見られない。その訳に本書の最後で主人公は気付く。素晴らしかった香港のコピー、香港の幻影を無意識のうちに求め続けていたことを東南アジアの旅の最後で悟るーいささかの後悔とともに。

 「本来まったく異なる性格を持っているはずの街で、愚かにも香港の幻影ばかり追い求めていた。香港とは別の楽しみ方が発見できていさえすれば、バンコクも、クアラルンプールも、このシンガポールも、もっともっと刺激的な日々を過ごすことができたのかもしれない。だが、すべてはもう手遅れだ。人生と同じように、旅もまた二度と同じことをやり直すわけにはいかないのだから···。」

 主人公の熱狂がないことは、本巻の魅力を減じない。旅先にのめり込まないことで、かえって内省的になり、自己の思いが深まっていく。入社後たった一日で会社を辞めてしまったこと、フリーランスのライターとしての仕事が増え多忙になるにつれ、「自分にはこれとはべつの仕事があり、別の世界があるはずだ」と考えるようになったことなど、この長大な旅に出たきっかけも語られる。

 今回の旅で主人公が日本から持ってきた数冊の本の一冊、李賀の詩集に触れた場面が鮮烈な印象を残した。李賀は唐代に幻想的な詩を書き、「鬼才」と呼ばれたが、主人公が間もなろうとしている二十七歳で夭折した。タイの南部の田舎を列車が進み、満月が散在する小さな沼に映る景色と、青白く中天に煌めく幻想的な月を描いた李賀の詩とが絶妙にシンクロする。

 「李賀は、その心の底に深い虚無を抱いていたらしく、どの詩を読んでも昏く陰鬱な印象を受ける。白昼を舞台にしていてさえも、常に薄い闇に覆われている。しかし、その闇を斬り裂いて、閃光のような激情がほとばしる瞬間がある。それが幽鬼と死霊の跋扈する夢魔の世界を一瞬にして純一な青年の悲哀で満たすのだ。」

 巻末の沢木耕太郎と高倉健との対談も、両者の旅や人生、生き方に対する考え方が感じられてよかった。
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