著者の専門はヨーロッパ中世史だが、個人を重視する西洋の「社会」との比較で、日本に特有の「世間」というものの存在を考え続けてきた。明治以後の近代化、西洋化はあらゆる面で行われたが、人間関係だけは従来のまま存続した。欧米とは異なり、義理人情の「世間」の中では個人は不安定な立場に置かれ続けてきた。
このように一人ひとりの生き方を規定する「世間」という存在は、「自分がいかに生きるべきか」を常に問い続けてきた著者にとって、必然的に辿り着く問題だったのだろう。学会では「世間」の研究は無視され続けてきたというが、皆日常の暮らしの中で薄々感じつつも、曖昧模糊とした「世間」を明らかにし、一般の人びとの共感を呼んだ功績は大きい。
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