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2020年09月06日06:12

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このドキュメンタリーは、映画ファン全員に見てもらいたい。しかし歴史的事実を確認しながら。ミッジ・コスティン監督「ようこそ映画音響の世界へ」(2019)。

僕はヒューマン・トラスト渋谷のスクリーン1で見ました。つまり「LETO レト」でオデッサという特別な音響を売り物にしていた劇場です。しかし低域はビビるし、うっとりとさせるような優しい音質も感じませんでした。この映画の本質を考えて、もっときちんと音響設計をしてほしいと思う。

スタートがモノラル音声で、途中からステレオになりサラウンドになるというのは、作り手の“設計”でしょう。もちろん本来モノラル音声の映画をステレオで見せろと言っているのではありませんから、その設計は大いに歓迎します。しかし、映画の音響について語る映画なのに、劇場側として準備不足すぎないか? この劇場もやはり、映画の中で語られるように“音がステレオだったら興行収入が増えるとでも言うのか?”という1970年ごろの劇場館主の“常識”から抜け出ていないのだと残念でした。

それはともかく、映画の音響についてここまで詳しく語った映画を、僕は初めて見ました。しかし、この映画だけを見て映画の音響について“知ったかぶり”すると恥をかきますよ。つまりこの映画は、現在のハリウッドでレジェンドとなった音響スタッフたちに取材しているわけで、彼らが僕と同世代かそれ以下だということは、1950年代のハリウッドにおける“立体音響”攻勢を、仕事として経験していないわけです。

そもそもステレオの映画は、ディズニーの「ファンタジア」や、無声映画「ナポレオン」にステレオ音声を後付けした作品などから語られます。だから今回も「ジャズ・シンガー」(1927)からスタートするのではないところは大いに結構。しかし、テレビの攻勢に押された映画界が、総天然色ワイドスクリーンの作品を量産して、なんとかピンチを乗り切ろうとした事実にほとんど触れずに、「ゴッドファーザー」や「スター・ウォーズ」へと進んでいくのはいかがなものか。

つまりシネマスコープがあのファンファーレで明らかなように“立体音響”を売り物にしたわけですから、「十二哩の暗礁の下に」を無視して話を進めないでほしい(公開はシネマスコープ第2作だけど、第1作のつもりで撮影していた)。できればパラマウントのビスタビジョンが、なぜステレオではなく“ハイファイ”モノラル音声にとどまったかにも言及してほしかったと思う訳です。そういう歴史的事実を押さえたうえでこの映画を見ると、今日に至る技術者たちの数々の努力が手に取るように分かるだけに貴重なドキュメンタリーでした。

たとえばバーブラ・ストライサンドが、「スター誕生」(1976)の音響をステレオにしてほしいと自ら100万ドル用意した話はなかなかでした。映画会社は“ステレオ音声にしたら興行収入が増えるのか?”と反対していたのですが、オスカー候補になって“100万ドルは会社が払う”と申し出てきたと、バーブラが笑って語ります。

この逸話は面白いけれど、これに先立つ「ファニー・ガール」(1968)は70ミリ6チャンネルステレオなので、全編ステレオです。それに触れないでウィリアム・ワイラーとバーブラの2ショットを挿入するというのは“間違い”でしょ。「スター誕生」以前にもハリウッドでは、ステレオ音声の映画公開は随時行われていたのです。

日本でも、僕がなんばの南街劇場で見た「山猫」はステレオでした(フォックスの配給)。後に4Kリストアされてもモノラルのままですが、これはイタリア語版がモノラルだったせいだと思います。2時間40分の英語バージョンはニーノ・ロータの音楽のステレオ感がすばらしかった。

もっとも「スター誕生」の“成功”のおかげかアメリカでは、続くウィリアム・フリードキン監督の「恐怖の報酬」や、ジョン・A・アロンゾ監督の「FM」などはステレオで公開されました。後者をアメリカで見てきた僕が、日本公開はいつかと配給会社に電話したとき、宣伝担当の方が“映画館の理解が得られずステレオで上映できそうもないため公開日は未定です”と残念そうに語っていました。かくて日本では、デジタル音声のコッポラ作品「ドラキュラ」(1990)が公開されてから、ようやく35ミリ公開でもステレオ音声というものが一般化していきます。

それと、マルチチャンネル録音と、劇場のマルチチャンネル再生をごっちゃにしないようにお願いします。途中で録音関係者が“16チャンネルで録音した”と話すのですが、その前後に劇場の音響設備の話があったから、それを5.1チャンネルにどう変換するのか?と悩む映画ファンがいると思うのです。←僕はレコード会社で録音のマルチトラックシステムと、レコード再生のマルチチャンネル方式の違いを知っているから今は大丈夫ですが、そもそも4チャンネルレコードあたりを体験していない人には、16チャンネル録音をいきなり字幕にするのは不親切だと思う。

そして再び映画例を挙げるなら、なぜマイケル・ウォドレーの「ウッドストック」(1970)が語られないのか。公開当時に来日したウォドレー監督が“みんなマルチスクリーンの話は聞いてくれるけど、マルチトラック録音について質問がない”と嘆いていました。この「ウッドストック」の録音は、歴史的にとても貴重な偉業なのです。

というように、大きな“映画音響の歴史”という観点からは一面的ではありますが、いろいろ勉強になるドキュメンタリーでした。映画の“裏方”という表現をするけれど、彼らやポスターアーティスト、そして公開に携わるスタッフなど、すべてを含めてその映画に参加しているわけです。その事実を、あらためて噛みしめていただきたいと思います。
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