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2019年11月07日21:56

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本棚213『セント·メリーのリボン』稲見一良(光文社文庫)

 「立ちはだかる死と直面して、命を賭けて駆け抜けようとする時、人は過ぎ越し方の光景を束の間に見るという。···死を怖れ、怯えてただとり乱すことと、死ぬ覚悟を決めた上で息の根のある限り生きようと足掻くこととは別だ。」(『麦畑のミッション』)

 歯切れの良い短文の連なり。自らを貫く芯を持つ男たちの清々しい生き様。稲見一良の短編集は、ハードボイルド小説の魅力を堪能させてくれる。病と闘う著者が死の間際に書き上げたという事実を知ると、冒頭の台詞をはじめ、小説の中のさりげない一つ一つの言葉がより重みを帯びてくる。

 谷口ジローによって漫画化もされた、表題作『セント·メリーのリボン』が胸を打つ。猟犬捜しを専門とする探偵、竜門卓の元に、資産家の娘の盲導犬の捜索の依頼が舞い込む。やがて行きついたのは、もうひとりの盲目の貧しい少女。「持つもの」と「持たざるもの」の対比。そこで竜門はある行動を取る。
 無骨で不器用だが、強くもあり、優しくもある男の姿がある。それは、死を前にした著者が辿り着いた、理想の生き方だったのだろう。
 この短編集は「男の贈り物」が共通する主題となっているが、『セント·メリーのリボン』はその最たるものだ。毎年クリスマスの時期が近づくと、ラストシーン、雪の神戸の街を歩く竜門と犬の姿に会いたくて、いつも書棚からこの本を取り出している。

 「黒いコートの俺の肩にも、黒い犬の体にも雪が積もった。人の姿もない暗い道を歩きながら、俺は声に出して独り言を言っていた。これから言う口上をとちらないよう、何度も練習していた。「ハナさん。これがメリーだ。セント·メリーという名なんだ。今夜からハナさんの家族になる。面倒みてやってくれるね······」」
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