先日、バレエに詳しい人が、「生舞台」の素晴らしさを力説していた。
もちろん私も基本的には同意だが、「但し書き」は付けるべきだよな、
と心の中で思っていた。
というのも、バレエ団のレベルは千差万別、
滂沱が止まらない珠玉の舞台もあれば、
中途退席も躊躇わない貧相な舞台もあるからだ。
ＤＶＤなどのディスク映像も同様で、
なぜこのようなものを買ってしまったのだろうと、
思わず膝から崩れ落ちる駄作盤もあれば、
当代随一の名ダンサーを収めたお宝盤もあって、
生舞台とＤＶＤ、それぞれの後者を比べれば、
どちらが感動的かは言うまでもない。
加えて観覧環境も無視できない。
生舞台の客席は、見えやすさの問題に加え、
アングルは固定されるし、
自宅の居間と勘違いして無駄話に余念のない者、
せっかくの演奏を台無しにする雑音発生器、
思わず外へ蹴り出したくなる悪臭の源等々、
ＤＱＮな観客と遭遇する可能性もあるため、
賭けの要素が強いからだ。
一方自宅でのＤＶＤ鑑賞は、
舞台上の気になるところを任意に注視することはできないが、
作品を良く理解している編集者が手がけたお皿なら、
見たい場所を的確に、複数のアングルで鑑賞できるし、
不快な観客に煩わされることなく、
内容をイメージした料理や飲み物を傍らに、
マイペースで夢の世界に浸れる。
生舞台と映像、それぞれに一長一短あるので、
どちらか一方ではなく、私は両方楽しみたい。
１２月は「くるみ」の季節、
モスクワ・クラシックを皮切りに、
海外バレエ団２つ（モスクワとヤコブソン）、
国内バレエ団１２（スタダン、井上、ＮＢＡ、多摩シティ、
シャンブル、東バ、牧、松山、谷、Ｋ、東京シティ、小林）
が「くるみ」を上演する。（もっとありそうだ）
モスクワ・クラシックを観たのは４年前だが、
主役は同じ人のようなので、うまく成長していれば、
案外お得な舞台かもしれない。
当時感銘を受けた吉田むつきさんとキーロワさんも、
また来日してくれると嬉しい。
版も同じカサートキナ版のようで、
舞台装置ともども個性的な演出だから、
「くるみ」好きの方は楽しめると思う。
http://www.koransha.com/ballet/
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1916675676&owner_id=3210641
ヤコブソン（サンクトペテルブルク・アカデミー・バレエ）
を観たのは２年前で、舞台美術は独特だが、版はワイノーネン版。
力量はいまひとつだったので、伸びている可能性もあるが、
少なくとも２年前は、積極的に薦めたいところではなかった。
それぞれの舞台の様子はおいおいネットで検索するとして、
師走は忙しくて劇場に足を運ぶ間がない、
でも「くるみ」のお皿は多すぎて何を買ったらよいか迷う、
という方のために、手元のディスクの特徴をまとめてみた。
当然のことではあるが、お皿の内容はどれも改訂版だから、
まずはその基本となった初演版について、少しおさらい。
「くるみ割り人形」の初演は１８９２年、場所はマリインスキー劇場。
制作は劇場支配人フセヴォロジスキーの発案で、
音楽をチャイコフスキーに依頼し、
台本はプティパに頼み（フセヴォロジスキーとの合作とも言われる）、
振付は体調を崩したプティパに変わってイワノフが担当した。
台本のベースは、
ホフマンの「くるみ割り人形とねずみの王」と言われるが、
デュマがドイツ語からフランス語に翻訳しつつ一部創作した、
「はしばみ割り物語」も参考にしたようだ。
奥付やスタッフ・ロールに、
ホフマンと並んでデュマの名がたまに記されるのは、
そのあたりを斟酌してのことだろう。
なお、台本とは別に、プティパが作品のイメージを伝えるため、
チャイコフスキーにあてた覚え書きがあるとか、
台本にも長短２種類あって、それぞれ微妙に違うところがある、
というのはなかったことにして、（笑）
短い方の台本の内容をざっくり記すと、次のようになる。
そうだ、その前に、主人公の女の子の名前について。
ホフマンの原作とデュマの翻訳本ではマリーだが、
台本の前に書かれたチャイコフスキーへの覚え書きで、
プティパはなぜか突然、「クララ」を使っている。
マリーはマリアをフランス語化したもの、
でも物語の舞台はドイツだしー、ということで、
プティパはよりドイツ人っぽい名前にしたのかもしれない。
また彼女は「マーシャ」と呼ばれる場合もある。
いつ頃から使われ始めたのかは、残念ながら手元の資料では不明だが、
現在の「くるみ」のベースとも言えるワイノーネン版が、
１９３４年に初演された時は「マーシャ」を使っていた。
１９３０年代に入るまでは、
ロシア革命や第１次世界大戦の敗北などが影響して、
ソ連、ドイツ双方とも内政が安定していなかったこともあり、
両国の関係は、良好とまでは言わないものの、
悪いと言うほどでもなかった。
しかし１９３３年にヒトラー政権が樹立すると、
彼が東方（ソ連）への領土拡張を企図したため、
両国の関係は急速に悪化していく。
そこでワイノーネンは、物語のドイツ的要素を軽減させ、
かつソ連／ロシア色を強めようとしたのかもしれない。
前述のようにマリーはマリアのフランス式表記だから、
マリアのソ連／ロシアでの愛称マーシャにしよう、とか。（笑）
フリッツはクララの兄か弟か、という問題も、
クララ／マリー／マーシャの名前とともに、
バレエ・ファンの悩みのひとつだが、
デュマの翻訳本には「兄」とあるものの、
覚え書きと台本には「兄」とも「弟」とも記されていない。
よって使うなら、フリッツは「マリー」の「兄」で、
その場合は原作重視、初演重視なら「クララ」、
フリッツは兄でも弟でも演出家の自由、と言うことになる。
○第１幕第１場
ジルバーハウス家の大広間で、親戚や招待客が、子供たちのために、
クリスマスの飾り付けをしている。
ジルバーハウスの職業は裁判長、彼の子供はクララとフリッツ。
２人は招待客の子供たちと一緒に、プレゼントをもらってはしゃいでいる。
時計が「真夜中」を告げると、
クララの名付け親、ドロッセルマイヤーがやってくる。
一般的には正体不明の怪しいおじさん、
あたかも魔法使いかのように描かれる彼の職業は、
台本には見当たらないが、プティパの覚え書きには顧問官とある。
彼は４体の機械仕掛け人形を持参し、
（酒保商人、小さな兵隊、道化師、コロンビーヌ）
その踊りを披露するが、
高価な贈り物が壊れるのを心配したジルバーハウスは、
早々に書斎にしまってしまう。
残念がるクララとフリッツを慰めようと、
ドロッセルマイヤーはポケットからくるみ割り人形を取り出す。
クララから人形を取り上げたフリッツは、
大きなくるみを無理矢理割らそうとしたため、
人形の顎が壊れてしまう。
なあんだ、と人形を投げ捨てるフリッツ、
可哀想に、と拾い上げて包帯を巻き、人形のベッドに寝かせるクララ。
余談だが、ホフマンの原作では、「くるみ」に相当する単語として、
「Nuss」を用いているが、
これは「くるみ」「はしばみ」などの総称だという。
たしかに両方とも実は固い殻に包まれているが、
同じなのは綱までで、くるみはくるみ目、はしばみはブナ目。
ドイツ人、案外大雑把だな。
ところがデュマは翻訳の際、
「はしばみ」のみを指す「noisette」を用いている。
これを受けてなのか、プティパは覚え書きの中で、
クララが割るのは「はしばみ」だが、
フリッツが無理矢理割ろうとしたのは、
「はしばみ」より大きな「くるみ」としている。
（だから壊れた）
大人たちの踊りが終わると、子供たちは寝る時間となる。
クララは寝室にくるみ割り人形を連れていこうとするが、
父は許してくれない。
三々五々、帰って行く招待客たち。
静まりかえった建物の中、
人形の怪我の具合が心配になったクララは、
こっそり大広間に降りてくる。
しかし、気配がしたと思ったら、大広間はねず軍団でいっぱいに。
クララは人形を寝かせたベッドの上にあわてて避難する。
月の光が窓から差し込むとクリスマス・ツリーが巨大化、
人形たちも目覚めるが、ねず軍団に襲われ逃げ惑う。
パン・デピス製の兵隊たちがやってきて立ち向かうが、
あっさり食べられてしまう。（シュールだ。（笑））
くるみ割り人形の指示でうさぎ人形が警報を発すると、
箱の中から錫の兵隊が登場、ねず軍団と対峙する。
戦いは拮抗し、ねず軍団も被害を被って退却を始める。
ねず王が前に進み、くるみ割り人形と一騎打ちに。
人形の形勢不利と見たクララは、靴を片方脱いで投げる。
ねず王がひるんだ隙を突いて、一撃入れるくるみ割り人形。
負傷したねず王は家来とともに敗走する。
人形から変身した王子は、
クララを伴ってクリスマス・ツリーの枝の間に消える。
○第１幕第２場
鬱蒼とした樅の森の中に雪が降り始め、やがて吹雪に。
美しい雪の群舞。（６０人！）
やがて吹雪は収まり、月光を浴びた雪がダイヤモンドのように煌めく。
○第２幕第３場
場面は「砂糖漬けの街」の宮殿。
クララたちは金箔を貼ったくるみの殻に乗って河を漂ってくる。
コクルーシュ（ってなんだ？）王子とドラジェ（金平糖）の精が、
お菓子の精や人形、銀の兵隊たちとともに２人を迎えてくれる。
シロップやオレンジ・エードの噴水があったりと、
周囲の様子が詳しく描写されているので、
実際の舞台ではどのような美術だったのか気になる。
ちなみにくるみ割り人形もここの王子で、妹（複数）がいる。
続く歓迎のディベルティスマンの種類は、
ショコラ（スペイン）
コーヒー（アラビア）
お茶（中国）
道化師（覚え書きではトレパック）
砂糖菓子（葦笛の踊り）
ジゴーニュおばさん
その他（花ワル）
これらの踊りの名称が、
改訂版によってまちまちなことはご存知の通りで、
１幕１場の踊る人形とともに、後世の振付家たちが、
こぞって手を加える部分となっている。
王子やお供とともにドラジェの精が現れ、踊りに加わる。
それを見てクララは大喜び、
くるみ割り王子も自分を助けてくれた人が喜ぶ様子を見て、
楽しげにおとぎの国の話をする。
最後のアポテオーズは大きな蜜蜂の巣箱で、
周囲を蜜蜂たちが飛びまわる。
ＡＢＴのラトマンスキー版を観て、なぜ蜜蜂？
と思った人もいたと思うが（私も思った。（笑））、
原典へのオマージュだったことがわかる。
覚え書きはもっと整然としていて、
ディベルティスマンの踊りには番号が振られ、
８番目の踊りがドラジェと王子のＰＤＤ、
９番目の踊りは舞台上のすべての人たちの踊り、
とされている。
総じて覚え書きと長い方の台本は、
細かい部分にまで記述があるようで、
それらを削ぎ落したのが短い台本ということになる。
なお覚え書き、台本ともに夢落ちなどの記載はなく、
クララはおとぎの国に行ったままで幕。
バレエの古典作品は、
初演時と現行の改訂版とでは、
印象の大きく異なることが多いが、
「くるみ」は内容がシンプルなせいか、
特殊な版を除くと、
基本的にはほとんど変化していないことがわかる。
ちなみに「くるみ」が上演された当時は、
ロシアでもバレエの人気に陰りが見え始め、
パリオペを真似てオペラとの抱き合わせ上演が図られたとのことで、
「くるみ」の初演は「イオランタ」との併催だったそうだ。
バレエとオペラの抱き合わせ上演は、
「ラシル」や「ジゼル」の頃からパリオペのお家芸（？）だったが、
以前プレミアムシアターでパリオペの「くるみ」が放映された時、
その直前、連接するように「イオランタ」も上演されていたのは、
ロシアでの「くるみ」初演をイメージしていたのかもしれない。
現在「くるみ」は、
世界で最も多く上演されているバレエ作品と言われるが、
中途半端な物語が受け入れられなかったのか、
それとも単にバレエ人気が衰えつつあった時代のせいなのか、
意外にも１８９０年代にはロシアでも上演されなくなったという。
しかし、設定をロシア化させたゴルスキー版や、
ホフマンの原作回帰を目指したとされるロプホフ版などを経て、
上記ワイノーネン版が生まれ、
第２次世界大戦終結後は、各国で「くるみ」が増殖していく。
あまたあるその後の改訂版をざっくり分類すると、
�．ぅ錺離娶凝帰�ワイノーネン版系列の正統派版
（版としての表記はプティパ/イワノフないしはワイノーネンだが、
実際はその時々の芸監の手が若干入っている）
�∪掬�派版をベースとしたバレエ団ごとの自家製版
（およびそれを手がけた振付家が、
他のバレエ団向けに若干手を入れたご当地バージョン）
��「くるみ」の音楽とイメージを借りただけの名ばかり版
の３タイプにカテゴライズすることができる。
手元のディスクを、この３タイプに分けて紹介してみよう。
�＼掬�派系列の映像
◆ワイノーネン版
手元にあるのは、フィリップス制作の輸入盤で、
マリインスキー劇場で１９９４年に収録されたもの。
撮影はＮＨＫが手がけている。
マーシャと金平糖（ドラジェの精）はレジュニナさん、
くるみ割り人形と王子はバラーノフさん。
バレエ・ファンの間では有名なディスクで、
日本版もあったように思う。
各種改訂版の基本ということで、少し詳しく記すと、
台本にはない、プロローグ的な招待客の来訪シーンがあり、
この場面はその後の各種改訂版のお楽しみのひとつになっている。
ドロッセルマイヤーもプレゼントを抱えてやってくる。
マーシャたちの苗字はシュタルバウムで、
祖父母のほかに、配役表によれば、
ルイーザという姉？ もいるようだ。
子供たちの踊り、大人たちの踊りに続いて、
魔法使いのコスプレをしたドロッセルマイヤーの劇が始まる。
人間が演じる演出もあるが、ワイノーネン版では人形。
続いて等身大の機械仕掛け人形３体、
道化師、ダンシング・ドール、ブラック・ボーイが踊る。
もっと見たい、という子供たちのリクエストに、
ネタの尽きたドロッセルマイヤーはくるみ割り人形を出すも、
興味を示すのはマーシャのみ。
喜んでいる彼女に、
「フランツ」がちょっかいを出して壊してしまう。
彼が弟なのか兄なのかは不明。
フランツもドイツ語圏の男性名だが、
フリッツはフリードリヒの愛称であるのに対し、
フランツはフランチェスコのドイツ語化で
英語のフランシスやフランス語のフランソワと共通だから、
これならいいか、とされたのかもしれない。（笑）
大人たちの踊りを挟み、
梟時計が「１０時」を告げると、イブの宴はお開きとなる。
台本の「真夜中」は、子供の起きてる時間ではないよな。
場面はマーシャの寝室に変わり、
彼女はくるみ割り人形を抱いて寝る。
再び場面が変わり、大広間。
ツリーの根本では、人間の扮しているくるみ割り人形が寝ている。
１２時の時計の音とともにねずたちがわらわらとやってくる。
目覚めたくるみ割り人形がねずたちを追い払い、
おもちゃの城に返っていくと、
入れ違いでマーシャがやってくる。
歩いている人形の姿に唖然としていると、巨大化するツリー。
流れとしては台本の方が自然だが、
すでに彼女の夢の中の世界、という設定なのだろう。
戻ってくるねずたちに右往左往するマーシャは椅子の上に逃げる。
煙とともに奈落から登場するねず王。
衣装のチープさが、いかにもソ連的。
女性演じる兵隊人形がやってくるも、ねず軍団にけちらされ、
拉致さる道化師人形。応援の騎兵隊もかなわない。
孤軍奮闘するくるみ割り人形は、
ねず王との一騎打ちにもちこむも、形勢は不利。
それを見て靴をなげつけるマーシャ、
隙を逃さずねず王を刺し殺すくるみ割り人形。
魔法使い姿のドロッセルマイヤーも現れて、
暗転すると人形は仮面を取って王子に変身。
ＰＤＤが終わると雪が舞い始める。
舞台袖（おとぎの国）に誘う王子。
入れ替わりに雪の群舞。
群舞たちはピンポン玉みたいな飾りを腕に付けている。
群舞は２４人で、マーシャと王子も時々混ざる。
２幕のつなぎ場面では、ドロッセルマイヤーがゆるく踊る。
小さな帆掛け船で河？ を航海する２人。
上陸した２人は蛾のような色合いの蝶に出迎えられるも、
続いてこうもりに襲われるが、王子が追い払う。
照明が明るくなり、人形たちがやってくる。
スペイン、アラビア、中国、ロシア、フランス人形の踊り。
フランス人形はワガノワの生徒たち。
花ワルに続き、主役たちのＧＰＤＤ。
再びソリストや群舞も登場してのグランド・フィナーレ。
場面はマーシャの寝室。
目覚めたマーシャはいとおしげに人形を掲げて幕。
オリジナルのワイノーネン版ではなく、
当時の芸監ヴィノグラドフさんの手が若干入っているはずだが、
そう大きく変わってはいなさそうだ。
日本では、東京バレエ団は昔からワイノーネン版だし、
（最近、少し手を入れた）
新国も牧版の前はワイノーネン版だった。
初台の資料室には当時の映像も残っていて、
２０００年のルンキナ／イワノフ組、
２００２年の宮内／マトヴィエンコ組の映像は興味深い。
なお新国は２００９／１０シーズンから牧版となったが、
（２０１７／１８シーズンからイーグリング版）
２０１３年の小野／菅野組の映像も観ることができる。
長くなってしまったので、続きは次の日記に。
http://mixi.jp/home.pl?from=l_navi#!/diary/3210641/1963999609
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