mixiユーザー(id:3210641)

2024年03月29日12:01

91 view

【バレエ】オランダ国立バレエ「オリガ・スミルノワのジゼル in cinema」

鳥頭なので罹患や予防接種の記憶がまったくないものだから(笑)、風疹とはしかの抗体検査をしてもらおうと近所のクリニックに行ってきた。

支払いを待っていると、「子供が風邪をひいたらしい」と父親が小学校低学年くらいの子供を連れてやってきた。お父さんはマスクをしているが、咳をする子供はしていない。躾ろよ、それが親の責務だろ。もっと小さい子でもちゃんとマスクしてるぞ。(怒)

と思っていたら、30前後の女性が咳がとまらないのでまた診てほしいとやってきたのだが、咳が出ているにもかかわらずノーマスク。そこのクリニックはネットにも入口にも来院者は必ずマスクをしてね、と大書きしているので、受付の看護師さん、用意してあったマスクを差し出すと、ムッとした口調で「マスクをしてください」。

やれやれ。世の中、前からこんなに馬鹿ばっかりだったっけ。


不快な話はここまでにして、本題。

スミルノワさんの名前を聞いて「彼女か!」と思わなければ、バレエ・ファンとしてはもぐりである。(笑) ワガノワを首席で卒業したにもかかわらずボリショイに入ったことから、マリインスキー派に大いなる衝撃を与えたとニュースにもなったが、それ以上に驚いたのがその実力。在校中の映像を観たことがあるが、ワガノワを首席卒業という肩書きに偽りはないどころか、速攻で贔屓リストに入れた。

入団からわずか5年でボリショイのプリンシパルに登り詰め、再びバレエ・ファンを驚かせたが、彼女のサプライズはそれで終わりではなかった。ロシアのウクライナ侵攻を真っ向から非難した彼女は、世界最高のバレエ団のプリンシパルという、世界中のバレエ・ダンサーにとって憧れとも言える地位を捨て、2022年3月、オランダ国立バレエに移籍したのだ。

ちなみに出国の口実は怪我の治療だったが、1ヵ月もたたずにニキヤを踊っているから、ロシア政府の横槍を防ぐための欺瞞だったようだ。また当時の心境を、次のように語っている。
https://www.afpbb.com/articles/-/3406439
なお、彼女の両親はロシア人だが、おじいさんはウクライナ人だという。

シネマの映像は、昨年2023年10月に収録されたまさに近影。オランダ国立バレエの「ジゼル」はボージャン/ブスタマンテ版で、カテコに現れた女性がボージャンさん。ここの元ソリストで、現在はアーティスティック・ディレクターという肩書きだが、振付家としても現役らしく、今シーズンには「ジゼル」の再改訂版も予定しているようだ。

シネマのフライヤーなどには「新演出・振付」と記されているが、この「新演出」は何を意味しているのだろう。ボージャン版の初演は少なくとも2009年よりも前のことだから、彼女は頻繁に手を加える人なのだろうか。

演奏は劇場付きのオケ、オランダ・バレエ・オーケストラ。生で聴いたわけではないから絶対とは言えないが、先日観たKシネマ「眠り」のシアター・オケよりも重厚な印象を持った。指揮のエルマンノ・フローリオさんはバレエ音楽の指揮者として各国のバレエ団から招かれており、草創期の新国立劇場バレエでもたびたびタクトを振っていた。

とても耳に馴染む指揮振りで、抒情的な場面ではかなりゆっくりめのテンポになるが、お師匠さまに指摘されるまで気付かなかったほど舞台の情景とマッチしていた。もっともこれは主役ふたりの醸し出す雰囲気と踊りの技術があればこそでもある。

オランダ国立バレエといえば、ロイヤルやパリオペに比肩するどころか演目によっては凌駕するレベルの高いバレエ団、というイメージを持っていたが、今回久しぶりに観て最初に思ったのは、日本のバレエ団の成長だった。少なくともソリストや群舞は負けていない。

今回贔屓リスト入りしたのは、後述のヒラリオンを演じたギオルギ・ポツキシヴィリくんのみで、パドシスの山田くんがギリ落選。ここのダンサーたちは総じて元気の良い踊りをするが、演奏に対して先走りしてしまう傾向にあるため微妙に落ち着かない。筋力が足りず追いつかないよりはいいが、音楽とのマッチングという点ではどちらもアウト。

群舞の統制感も、揃っていないわけではないし、途中から崩れていくこともないが、見事にシンクロしているとも言えず、いちばんの問題はうるさい足音。昔はここまで騒々しくなかったと記憶しているのだが。映像の群舞と比べたら、最近レベルが落ち気味とはいえ、Kの群舞はやはり上手いんだなと思う。

その一方で、良いなと思う場面もある。まず1幕ではダンサーたちの風貌がバラエティに富んでいること。子供だけでなく年配者もキャラクテールとして混ざっているから、村の様子が自然に見える。

2幕では、勢揃いしたウィリたちがミルタを中心に円陣を組み、そこにスポットライトを当てるので、白い衣装に光が反射してあたかも舞台に大きな白い花が咲いたかのようで美しい。

またヒラリオンを追い詰める場面では、舞台奥、横一列に並んだ24名のウィリたちが徐々に前に出て、舞台中央に立つヒラリオンをあたかもオケピに追い落とすかのように圧をかけるのだが、当然観客にも向かってくるので迫力がぱない。

ボージャン版は「ジゼル」の改訂版としては正統派の部類なので、ほかに特筆するとしたら1幕にアルブレヒトとパドカトルの女性2人それぞれにヴァリエーションがあるくらいだが、舞台装置としてアルブレヒト/ロイスの小屋の奥隣りにヒラリオンの小屋があるのは珍しい。

そのヒラリオンが前出の贔屓入りを果たしたポツキシヴィリくん。名前からわかるように、ジョージアの出身。ニーナさん、惜しい人材を手放してしまったなあ。生年は不明だが、本国のバレエ学校で学んだあとオランダのバレエ学校で追加の教育をうけ、2020年オランダ国立バレエに入団とあるから、まだ20代前半だろう。現在の階級はプリンシパルだが、昇級は昨年12月なので、シネマの時はまだソリストだった。

彼の長所は逆三角形の分厚い胸板と長身、長い手足に甘いマスクという主役に必須の見た目に加え、高い跳躍、鋭い回転、柔らかな背中、しなやかな腕使いに足さばき、そしてストレートではあるけれどしっかりした演技力。要するに、贔屓しない要素がない。(笑) 見た目こそ体育会系の彼だが、ジゼルに向けるまなざしや態度は優しく、アルブレヒトがルグリさん型だったらヒラリオンでいいじゃん、とジゼルに言いたくなる。

アルブレヒトはイタリア人ダンサーのヤコポ・ティッシさん。シネマを御覧になったお師匠さま曰く、「彼、いつのまにこんなに上手くなったんだ」。(笑)

スカラ座のバレエ学校を卒業した彼は、紆余曲折を経て2016年希少な外国人ダンサーとしてボリショイに入団、2021年12月にはついにプリシンパルに任命された。しかしロシアのウクライナ侵攻を容認できなかった彼は、わずか3カ月後の2022年3月、潔くボリショイを退団してしまった。プーチンの愚行に人生を狂わされてしまった者のひとりと思うと本当に残念でならないが、肩書に箔が付いたのはせめてものだろう。

てっきりスミルノワさんとセットで行動しているのかと思ったらそうでもなく、彼はいったんスカラ座のゲスト・プリンシパルとなり、オランダ国立バレエにプリンシパルとして入団したのは昨年8月だった。

ポツキシヴィリくんは「スパルタクス」が似合いそうな体躯で、古典の王子には少々肉付きが良すぎるが、ティッシさんは程よい筋肉なので王子が似合う。しかもウィリ・スミルノワを柳の枝のようにしなやかに揺することもできる。自身の踊りも鋭い回転に優雅な跳躍はまさにプリンシパル、仕草には気品もある。

彼のアルブレヒトは堀内さんと違ってジゼル一筋だが、今回のバチルド姫も良い人バージョンなので、ばれた時はとても気まずそう。もっともバチルド姫の方は眉間にちょっと皺を寄せただけ。当時の貴族なら妾のひとりやふたりいても当たり前という解釈なのだろうか。ティッシさん、イタリア人だし。(笑)

1幕ジゼルが息絶えた時は彼女の遺体にすがりつき号泣、2幕の悲嘆ぶりにも思わず涙を誘う。最後も助かって良かったという様子は微塵もない。唯一気になったのは、彼のせいではなく演出上の問題だけど、ウィリ・ジゼルの百合の花束は空中から突如降ってくるのではなくジゼルが正面から手渡すので、彼女の気配云々という解釈はしずらい。

そしてスミルノワさん。バレリーナになるべくして生まれたような容姿、笑みの少ない表情はまさにクールビューティそのものなので、これほど繊細な表現をする人だとは思っていなかった。

いまは年齢よりもちょっと老け気味で、綺麗なお姉さんというよりは美しいおばさんだから、見た目はジゼルではないけれど、舞台が始まれば仕草が可憐で初々しい。虚弱で踊りすぎると苦しくなるというジゼルのキャラ、多くの人はオンオフが明瞭すぎて違和感を感じてしまうが、彼女の場合、徐々につらくなってくる様子が見事で、でもアルブレヒトを心配させまいと気丈にふるまう場面もある。バレエ・ダンサーは役者、踊れれば良いというものではないことを、改めて感じさせてくれた。

では彼女は演技の方が得意な人かというとそのようなことはなく、そこは天下のボリショイ・プリンシパル。手足の扱いはあくまでも優雅でしなやか、音楽とのシンクロ具合は彼女がオケの演奏に合わせて踊っているということを意識させない。まさに音楽とともに踊りがある。跳躍は高く、でも足音は静かで、ふんわりと舞う姿はまさに精霊。かと思えばミルタに召喚された直後の回転はつむじ風のよう。

夜明けの場面、笑みは無い。かすかに浮かぶのは安堵。その後もあからさまな悲しみの表現は無く、ウィリとなってなお必死に人間としての意識を保っていたが、アルブレヒトを助けるという目的を果たすことができたいま、人としての感情が徐々に薄まって消えていく様子は、かつてシェスタコワさんが見せてくれた輪郭が薄れていくかのようで、つい涙が頬を伝った。


彼女ももう32歳、バレエ・ダンサーとしては体力、技術、経験値がバランスした、まさに旬の人。バレエ公演は一期一会ではあるけれど、永遠に残しておきたい舞台があるのもまた事実。この映像がディスク化されることを願う。
2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年03月>
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31