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2014年12月06日14:23

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一週間の休み明け

 新学期が始まった頃、新聞やテレビは毎日のように沖縄返還に関連するニュースを報じていた。知識もなければ理解力もない高校生にとって、反米意識の高い沖縄がアメリカから日本に戻って来るのは喜ばしいこと、くらいの意識しかなかった。返還日は5月15日なので、たとえば日本史の授業が始まって2回目の頃、おそらく古事記のような神話時代を先送りにして琉球・沖縄史について習ったり、文化祭担当の教員が「今年のテーマは沖縄に決まりだな」などと生徒の自覚を促していた。

 「アメリカ脱却はいいね」と沖縄人が言ったから五月十五日は返還記念日

 決して多感な少年ではなかった。社会の不平等だとか資本主義のいかがわしさに囚われ、その社会で自分が自分らしく生きるためにはどうすればいいのか、冷めた目で見ているようなところがあって、それでもかろうじて多感な情緒を保てたのは小説だった。漱石や芥川のような「古典」もあれば、二流作家の私小説が気持ちの支えになっていた。
 文化祭は沖縄返還後にあった。生徒会主体で、沖縄の歴史と現状をA全くらいの大きな用紙に何枚もまとめてパネル展示をした。たぶんだが、出来上がりを満足そうに見つめたのは生徒より教師だったように思う。そして私はこの時期、ひとはひと自分は自分、というはっきりとした自我の方向性が見えてきたように、今振り返れば思える。
 沖縄ショックとでも言うべき精神性があったことや、国内か国外の旅行を想い浮かべるときの境界線が40年来沖縄であり続けたことから、これまで行きそびれてしまった。
 先月にチケット予約をしたあと、現地の情報を調べたり、琉球沖縄史の勉強をする時間は存外少なくて、自分は沖縄へ積極的に行きたくないのではないか、と不安になった。私は往々にしてこの性癖がある。小心なのか妄想癖が強すぎて現実対応能力が欠けているか、まあ精神分析的に言えばそんなところだろう。
 不安が消えて前向きになったのは、出発3日前にあった3人での出版打ち上げ会だ。
 週末から沖縄へ行くことを伝えたら、牧志市場にある「日本一小さな古本屋」の話題が出て、3人とも知っていたので盛り上がった。私はそのとき言わなかったけれど、旅の始まりは3人が関わった文庫本を東大卒にして純心さ至上主義の女性店主に渡して、店に置いてもらうことだ、と秘かに思った。なんだ、どんなに小さくても使命感があると行動したくなるものだ。どんな人にあっても、とても簡単にして深い真理だ。
 安いチケットだったので、那覇空港に着いたのは4時半だった。レンタカーに乗り込んだ頃には日が傾いていた。予約したホテルのある国際通りまで、事前に地図で距離感はつかんでいたが、不慣れなレンタカーで夕暮れを走るため、時間感覚が正確に掴めず、異国を走っているような気分になる。危険ドラッグを吸引して運転するドバイバーは、私と無縁無関係であるが、彼らの狂いと私の「雲の上を走るような」感覚は程度の差こそあれど、案外と近いかもしれない。
 ホテルに着いたら、午後6時ちょうどだった。チェックインしてまず手と顔を洗い一服したら、あっという間に15分だ。ホテルから牧志公設市場まで徒歩10分。このままぼんやり時間を見送っていたら、古本屋は閉まってしまう。中島らもさんの小説やエッセイでたびたび時間をトリップする話が出てくるが、そんな面白い妄想をしているような場合ではなかろう。旅の始まりは古本屋に新刊の文庫を持参し、可愛らしい女性店主にそれなりの口上を述べて置いてもらわねばならぬ。中島らもは後回しにしないと。
 古本屋に着いたのは閉店15分前だった。そそくさと自己紹介をし、文庫を渡し、話を長々する時間も気持ちもないものだから店内の本をざっと眺めて、一冊だけ沖縄の出版社が出しているローカル誌を買って、7時ちょうどに店を出た。
 なお、私が店を出る際に口にした言葉は文庫の内容説明でもなければ店主に対する畏敬の思いでもなく、「さとうきびを絞ってジュースにして飲ませてくれるお店、近くにありますか?」という質問だった。どうしてこひと昔前の女学生みたいな質問をするのだろうか? 宇田さんは質問をうまく受け止められなかったようだ。まず質問の意味を咀嚼する時間が少しかかり、説明を始めたのは質問をしてから1分が過ぎた頃だった。「金城」という店の名を挙げ、行き方を丁寧に説明してくれたのだが、私と同様の精神らしく、どことなくぼんやり系な人だ。それとも昨日の晩に中島らものエッセイ集でも読んで影響を受けていたのかもしれない。
 こうして私の沖縄の旅は始まった。
 入り口に着くまでのところでこんなにも書いてしまった。最後までメモろうとしたら、この20倍くらいの分量になってしまうので、自重したい。
 
 昨日は大学の先輩ミュージシャンのライブを聴きに桜木町へ行った。ライブの前に腹ごしらえで、行き始めて40年来になった中華(というか日本で一番怪しい食堂)『三陽』でラーメンと半チャーハンを食べた。
 毛沢東びっくりの餃子
 周恩来も驚くラーメン
 楊貴妃も腰を抜かすチンチンラーメン
 というような惹句が店内店外とも所狹しと並んでいる。
「酢豚 始めました。処女豚使用」などと下劣なコピーが目の前に貼られているのだが、うそつけ、酢豚は私が学生時代の頃からあった。横浜市民で『三陽』を知らない住民はいない。秋元康や安倍晋三より有名なのだが、彼らの名前を出すのは三陽に失礼かと思うほど、わたくしは高い評価をしている。『孤独のグルメ』の本当の本当の最終回は、この店を置いて他にない。
 それにしてもなぜここまでに美味いのであろう。桜木町に来た目的は先輩のライブなのに、「部長定食」(旧周恩来定食)の付け出しで出たニンニクの味噌深煎り炒めを食べて、なんだかばばっちそうな烏龍茶で口を洗うように一口飲むと、天国に往ってしまいそうなほど、我を失う。ちょっと足を伸ばすと中華街だってあるのだが、『萬珍樓』の点心より『三陽』の餃子のほうが数倍美味だ。ムキになって私は主張したいぞ! 選挙カーで「○○でございます。○○は頑張ります」と甚だしく意味不明な主張が繰り返しなされているが、まだしも「三陽でございます、毛沢東も周恩来も楊貴妃もびっくり腰を抜かす中華を頑張ってます」というほうが意味あるのではないか。小選挙区に入れたい候補者がいないので、三陽と書いちゃうぞ。
 またしてもライブに行き着けないところで、これほどの分量になってしまった。
 ああ、頭の中に暖かな風が吹き抜けている。これから打ち合わせに行かないといけない時間になってしまった。

 
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