私は此の短編集が好きで再三、再読している。作家という人種は多かれ少なかれ不可知論者・・・その正確な定義は棚上げするとして・・・だろうが、政治というクソ・リアリズムの世界の住者でもある此の本の作者が、まさに不可知論者そのものであることに意外な気がする。し
私は此の『空車』の後半部分を読むたびに、鴎外の『妄想』に書かれた或る箇所を連想する。その箇所を引用してみよう。(『空車』の前半部分は私は興味がない。)---------------------------(前略)自分は辻に立っていて、たびたび帽をぬいだ。昔の人にも今の人
中学生の頃、国語の教科書で読んだ人も多いだろう。後期の鴎外の一連の史伝での晦渋な語彙は此の短編にはなく、平易な文章で書かれているからだ。だからといって、安易な文章では決してない。鴎外流の無駄のない筋肉質な簡潔な文章は現在読んでも快い。大岡昇
10年程前、私は盛んに2CHを覗いていた。その頃の話だが、確か『溝口健二』のスレッドがあって、話題が溝口の映画『山椒太夫』に及んでいた。そのとき誰だが以下のようなコメントを書いていた。溝口の映画『山椒太夫』において、安寿を厨子王の妹にするのは、溝口は万
『通りゃんせ』という童歌がある。以下の歌である。----------------------------通りゃんせ 通りゃんせここはどこの 細道じゃ天神さまの 細道じゃちょっと通して 下しゃんせ御用のないもの 通しゃせぬこの子の七つの お祝いにお札を納めに まいります
私は深沢七郎の『楢山節考』は読んではいない。確か木下恵介(昭和33年制作)の映画はみている。70歳になって山に捨てられる老女は田中絹代が演じていたのも記憶している。Wikiによれば、この小説は以下のように紹介されている。------------------------------
私は此の国の現・近代史に全く疎いものだが、何で知ったのか分からないのだが、富岡糸工場と言えば女工哀史とい文字が私の頭の中では直ちに関連用語のように重なって連想されてくる。おそらく其れは昔そのような映画があって私は其れを観たからだろうか。今や
2005年12月1日、日光市の小学校から下校中の少女(当時7歳)が行方不明になった。彼女は通学路の三叉路で下校途中の同級生3人と別れ後に行方不明となった。これは私の住む県内の事件であったので、当時、TVで詳しく報道されたから私はよく覚えている。行方不明
ウィキメディアによれば此の音楽は、『楽器群と魔術的な場面を伴って歌われる、独唱と合唱の為の世俗的歌曲』という副題がついているそうで、『混声合唱、少年合唱、ソプラノ・テノール・バリトンのソリスト、大規模なオーケストラという大きな編成である。酒
キャッチ アンド リリース という言葉を日本に紹介したのは開口健だと思ったが私の勘違いかも知れない。 私がもし不幸にも人間に生まれ変わったら究めてみたいものの一つにフライ・フィッシングがある。 食うために魚釣りするのも結構なことだが、魚と遊ぶという精神性には惹か
っていうフレーズが昨夜寝ていたら突然私の頭に現れた。なにかで見たな、と思って、朝、ネットで調べたら中也だった。白い白い骨だよ、というフレーズもあるかと思ってたらそれは錯覚だった。しろいぃぃぃしろいぃぃぃ花だよょょょょって歌と・・・そんな歌もあ