私は小学生の頃は東映チャンバラ映画と漫画雑誌 『少年』 ばかりみていた。光文社の 『少年』 で私のお気に入りの漫画は『どんぐり天狗』。この天狗さんの顔が映画俳優:黒川弥太郎そっくり。ご存知かな。ついでに書いておくと、今や神棚に祀られている手塚治虫の
掲題の俳句は、私が好きな俳句の一つだ。***この俳句について、私の忘れ難きデレビ紀行がある。もう、かれこれ30年程前にな.るだろうか、民放で放送された、『森敦・われも、また奥のほそみち』という単発の紀行番組があった。 ネットで調べたら、単行本も発
相変わらず年寄がオレオレ詐欺の新バージョンで騙される続けているようだ。そういうニュースを耳にするにつけ思うことは、金持ちの年寄が多いんだなってこと。何百万円かを騙しとられたということはケースはザラにあるらしい。騙すほうは勿論ケシカランが、騙さ
以下は何年か前に書いた私の記事だ。私はノンポリだから、かかる問題の現状は実は知らない。この記事を書いた当時、私は以下のように感じていた。その 「記念」 に再掲しておこう。-------------------------------『第9条を守る会』 というシロモノがあるそ
以下は、だいぶ前の事件だが、今でも或る意味で、我々にとって、問題を投げかけている。或る意味とは、SNS なるモノが我々にとって如何なるモノか、ということだ。***掲題に書いたのは、加藤智大(ともひろ) の言った文言だそうだ。2008年6月8日12時33分。あの
『池水は濁りににごり藤波の影もうつらず雨降りしきる』 (伊藤佐千夫)***少し季節外れの話題だが、私の好きな歌の一つである。ところで 『影もうつらず』 を 『影もうつさず』 にしたほうが、私としては自分の好みにあう。***『影もうつらず』 だと、純然たる
私はカントールの超限集合論が其の名前からして惚れ込んでいる。ここで今更言うまでもなく、私は超度級の素人だが、一般読者向けの其の方面の本を乱読してきた。だから此の仮説の私なりの思いというか、独断、錯覚、珍想があって、私は此の初夏の空を眺めながら、
掲題の本のタイトルは『ゼロリスクの罠---「怖い」が判断を狂わせる』(佐藤健太郎、光文社新書)だが、此の本の書評が或るホームページで紹介されている。本来は此の本自体を読むのがベストだろうが、上記の書評だけでも私には充分である。以下の文章だけでも
私は此の 『空車』 の後半部分を読むたびに、鴎外の 『妄想』 に書かれた或る箇所を連想する。その箇所を引用してみよう。(『空車』の前半部分は私は興味がない。)---------------------------(前略)自分は辻に立っていて、たびたび帽をぬいだ。昔の人にも今
以前、ディレクターズカット版の掲題の映画がBSで放送されたので録画しておいた。私は最近は映画を全く観る気分にはなれず、ここ2年ほど映画はご無沙汰していた。で、先日は珍しく観る気になり、此の映画を観た。この映画は何十年か前、私は既に観ており、
大川橋蔵主演の 『恋や恋なすな恋』 というタイトルの映画があって私は観た記憶がある。内容はスッカリ忘れたが、掲題の文言は私は知っていて・・・知った理由は此の言葉の調子の良さと、中空(なかぞら)という語句に興味を持ったからだが・・・今朝、この言葉を何気
私は俳句はズブの素人です。先ず、それを念頭においてもらたい。ちょっと思うところがあって以下を書いた次第です。***此処で 『解説』 という意味は、例えば其の俳句に使用された文字等の説明という意味での『解説』ではありません。例を出すのが早いでしょ
私の大好き映画に 『丹下作善余話・百万両の壺』(1935年、山中貞夫) がある。この映画で、矢場の櫛巻お藤姉さんが長火鉢を前に三味線を爪弾きながら唄う一連の場面が、私はとりわけ好きである。https://www.youtube.com/watch?v=dzN6UGPKJo8此の映画の丹下作
The Tennessee Waltz - singer Patti Page 1950***私は掲題の歌が好きだ。但し、パティ・ページの此れでなければダメなのだ。幸いにして、You Tubeで未だ視聴できる。https://www.youtube.com/watch?v=_Ek3eCbfqp0***私自身のために此の歌の歌詞を下記してお
人生って、謂わば、正解の不明な問題集だと言えませんか。ところが学校という所は正解のある問題ばかりを教えている。ばかり、というのは言いすぎかも知れませんが、まぁ大半は恐らくそうでしょう。私が大学受験をしたのは、もう半世紀ほど前ですから、現在の
集合論の初歩的な質問をします。だれかコメントあれば下さい。竹内外史著 『集合とはなにか』 (講談社・ブルーバックス)に書かれていることについてです。第3章での、順序数に伴って、できる集合の説明の箇所です。この本で、順序数3ができるとき、その時点で
どなたか、お名前を忘れましたが、このサイトの会員の方で、そのプロフィールの特技の欄に、「他人の長所を見つけること」と書かれていた。私はそれを見たとき感心した。このサイトにも既に還暦を過ぎた人も多いかも知れない。それだけ人間をしていれば、この
4.『一代目テンチャン』のこと。この子猫のことは私は、よく覚えている。今まで書いてきたように、私が見知らぬ子猫と出会うのは、一つのパターンがあった。この場合もそうであった。私ども夫婦が犬を連れてルーチン化した散歩道を歩いている場所には、鬱蒼
余談だが、映画等で好まれるのは、A, B, C だと、良く言われる。ご存知だろうが、A は animal 、B は beauty 、C は children であるそのデンでいくと、こじつけになるが、このサイトで好まれるものには、D, E, F もありそうだ。D は daiary、E は eat、 F は
この 『いっちゃん』 は、メス猫だったので、例の動物病院で避妊の手術を受けせた。此の小猫は何の異常もなく育っていき、現在も我が家にいる。私共、夫婦と同居した猫は結構、多くいたのだが、この 『いっちゃん』 ほど、温和な猫は他に居ない。ちょっと此の
私の家内の実母が、引っ越し先で亡くなったのは、引っ越してきてから七年が過ぎたときであった。先の日記:『いろいろな猫のこと (その1)』 に書いた、一代目の 『ドンベー』 が忽然と姿を消したのは其の実母が亡くなってから、たしか数日後だった。実母は特
私は小さい頃より、犬・猫が好きだった。子供の頃の猫の話は、以前『天理教のこと (その2)』書いた。http://mixi.jp/home.pl#!/diary/59308909/1954337131***以下、思い出すままに、私と出会った猫について、それぞれ記しておこう。1. 私の家内の実家は都内
マンデルブロー集合画像は、よく知られた画像である。***本 『コンピューター・カオス・フラクタル』 の164頁の脚注にマンデルバー集合についての簡単な記述がある。詳しい内容は書かれていない。ただ、複素数:Zに共役(conjugate)な複素数 (これを便宜上、Zc
かくして、私は私の母宅で、三匹目のトッチャンと同居することになった。私の手のひらに、やっと乗る程度の幼さだった。私は、毎回、エサを与える場合、動物病院で貰った子猫の 『幼児』 用の粉ミルクと、『幼児』 用のミンチを小皿に溶かして与えた。私は、
・ 私の父が脳梗塞で倒れたのが平成13年の真冬。・ 私の父が病院で亡くなったのは平成16年の春。・ 一匹目のトッチャンが死んだのが其の年(平成16年)の夏。・ 二匹目のトッチャンが母宅に同居するようになった平成16年の秋頃。・ 二匹目のトッチャンが 「変死
トッチャンとは私が、たまた遭遇した猫の名前である。いずれの猫も「捨て猫」だった。一番目のトッチャンについては、すでに書いた。http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1954240832&owner_id=59308909***二番目のトッチャンは、一番目のトッチャンが死んでから
私の絵遊びについては、以前の日記:『コンピューター・カオス・フラクタル−見えない世界のグラフィクス−』に書いた。http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1954399467&owner_id=59308909***実は、ブッダブロー画像という画像がある。ウィキペデイアによると、この画
私の好きな詩人の一人は萩原朔太郎だ。彼の作品で、とりわけ好きなものの一つに、『郵便局』という散文詩がある。以下のように始まる。--------------------郵便局といふものは、港や停車場と同じく、人生の遠い旅情を思はすところの、悲しい”のすたるじあ”
私の先の日記で 「ね」 の話を書いた。***「ね」 でなければ困る話である。回文に以下のものがある。遠の音はのどかな門の羽根の音なかなか情緒のある回文である。***とおの「ね」はのどかなかどのはねのおと