久しぶりにθ君から便りがきた。θ君の友人:B君がタビューを受けたようだ。質問者は何かの雑誌社の人のA という人で、そのインビューの内容は以下のようだという。--------------------------A : 貴方の好きな人は?B : 大勢いて言いきれません。A :
久しぶりにθ君からの便りがあった。彼は詩もどきも作るらしい。以下のようなコトが書いてあった。-----ふすまを あけるとげんとおは あおい かあてん の なかに ゆれていていくつも いくつも だれもいない おざしきを とおってほんのりと あかる
久しぶりにθ君からの便りがきた。以下のように書いてあった。-----------------思案気な 案山子の 影の 長さかな秋深し 遠く去りゆく ものうりの声秋雨じゃ 濡れて風邪ひく 半平太落ち葉焼く じいさん ばあさん 鴎外の秋は去り なにはともあれ
今日、θ君に会って、季語辞典でも買ってベンキョーしたらどうだと、「忠告」 したら、そんなものはいらぬ、そもそもベンキョーなど無用の長物だと、問題にしなかった。それは、そうかも知れぬとオレも思った。他人のアレコレを見たり、ベンキョー会など、ジ
先日、彼から便りをもらったのだが、また便りがきた。以下のようなシロモノが書いてあった。-------------------秋風や 縦に置かれし 竹ぼうきかきくけこ ふりかえみれば なにぬねの語る者 聞く者 涙の 秋の暮れ朝寒し いつまで続く 残暑かな時刻(と
先日、オレはθ君のノートにイタズラ書きを書いたら、彼から以下のような 「返信」 がきた。***尼ひとり 歩むや 秋澄む 阿弥陀堂秋陽さす たたみ の うえ の 猫のツメ紫苑さす をんなの ゆび の しろさ かなものうり の こゑ する 夕べ の
δ君は、子供の頃、彼の祖母より、以下の、わらべ唄を聞いたそうである。-------------------一つとせ 人の いのち の はかなさよ二つとせ ふみ よむ ひと の ほほえみ よ三つとせ みごとに に さいた はす の はな四つとせ よんで きまし
私の友人にθ君がいる。彼のいないとき、彼の黄ばんだ小さなノートを覗いてみたらこんなことが走り書きしてあった。***・爪切りて フト 見上げたる 鰯雲・なんとまあ 坊主頭に 枯葉落ち・秋雨や 鈍く光る 猫の エサ皿***そこで、オレは其のノートに書
久しぶりだね。気がついてみたら、今年は、あと三カ月も満たない。それまでオレは何してたんだろう、と思う。初春の頃からオレは季節というものを全く失っていた。雨戸を締め切り、カーテンも閉め、一匹の猫と一緒に、ひたすらオレの部屋に閉じこもっていた。
お久しぶりです。あれから百万年たちましたね。ところで、あなたは、いつ、逝かれるのですか ?わたし、先日、鏡を見ましたら、わたしが、微笑、というより冷笑をしていたのでございます***わたし これまた 先日のことなんですがひとり の 女 が 暗い
時計の「はり」が左周りに周って、人が、どこかの闇から、フイッと現れ、その姿は無惨な老人で、そして、だんだん若くなって、青年になり、子供になり、幼児になり、そして、また、フイッと、何処かへ消えていく。***熱力学の第二法則ほど退屈なものはない。***本
ω君が言うには、柿の木に梨がなったから、食べてみて、と私に差し出した。私は其れを食べたら、なるほど梨の味がした。そこで私はω君の顔を見たらω君の片目は硝子だった。
私が中学生の頃だったか、一人の友人がいた。その友人は、教室の片隅で、いつも、ひっそりとしていて一人だった。或るとき、彼は紙きれを私に黙って渡した。それには、以下のように書かれていた。-------------------岸壁に猿は哭けり秋霜として降りける雨は
少し季節外れだが、歌に季節は無用、と私は思う。なぜなら、人の心には、「季節」は本質的なものでないから。--------------------------------------------『山の夜に 音さやさやし。 聴こえゐて、夜ふくる山を おもへり。』『雪ふみて さ夜のふか
でも 仕方ないんじやない 頭 悪いのはでも 仕方ないんじやない オール3 なのはでも 仕方ないんじやない ブス なのは***だから わたし 鏡 大嫌い***きみ きみ いかんぞなそんなところで 立ションしては
オマエ いくつに ナッタんだい?ひー フー みー ヤー ・・・そうかい。 七ツかネ***トキドキ 吐ク ねぇダメ男ガ ソレを 一生懸命 ティシュ で フキトッテる***ベージュ の 毛皮 イツモ 着テいて暑ク ハ ナイカイ#$%$%$%&オレ は 先ニ
・墓場の彼岸花・夕焼け小焼け・電線の並ぶ雀たち・ゴミ捨て場の猫・駄菓子屋の御婆ちゃん・あのキンキラキンの葬儀車・立看板・ガキどもの喧嘩・夕涼みの、あねさん・鼻たれ小僧
早い朝、閉めきった私の部屋の窓のカーテンを引いてみると、薄暗い、冷たい小雨の中の 3 本の電線の 1 本に一羽の鳥が止まっていた。どうもカッコーのようだ。それにしては時期がおかしい。もしかしらモズかも知れない。鳥に詳しくはない私には分からない。寒
『 かそかなる幻 ーー昼をすぎにけり。 髪にふれつゝ 低きもの音 』***「私」(女性) は幻影を見た。幻影? たしかに、それは幻影としか言いようがない。秋の昼の陽の光は解析幾何学のように透明であったが、しかし一瞬の翳りを「私」は、その光
昨日またかくてありけり今日もまたかくてありなむこの命なにを あくせく明日をのみ思ひわづらふ***べつに、『明日をのみ思ひわづらふ』 っているわけではないが、今日、この頃は、一日が、まるで一年の四季のようだ。朝は冬、午前中半は春、昼間は夏、そして
朝、 4 時。温度計を見たら、温度:20.5度。湿度76%。なんてことのない数値なのに、寒いと感ずるのは、我が身体が暑さ慣れしているからだろう。 しかし、今年の夏は当地は 30度 を超えた日は、無かった気はするのだが・・・。 つまりは、己の自律神経が不調の
このように誰かから訊かれたら、私は、ただの「暇つぶし」と答えるつもり。では、なぜ、自分のPCのHDにでも書かないのか?と訊かれたら、正直なところ、私は回答に窮する。屁理屈を言えば、サイトに書くことによって、「書く」というモチベーションを高めるた
涼しいというより寒いくらいだ。 a私は冬着るモノを持ち出し着ているし、冬用の靴下も履いている始末だ。全く、この国は季節に追いまくられている感じがする。昔は其れを風情があると思っていたが、今や、コセ
30年程前、私は図書館から音楽CDを借りて其れをコピーしていた時期があった。 図書館に置いてあるCDは古いものだからコピーは容易にできた。私は根がケチだから買うよりもタダでコピーできることは大いに魅力があった。 実にケシカラン男であったわけで私
どのSNSにも、日記なるものはあるものだ。或るSNSにも当然、日記があるが、そのSNSの一つの特徴として、日記の他に、HNを変えた他の日記がある。(その他の日記を##日記と仮に名付ける)私は其れを奇妙に思ったので、『仮想村の中の仮想村』という日記を書いた
私は今迄気づかなかったのだが、早朝(4時頃)、風呂に入っていたら、外から盛んに虫が鳴いていた。 そうか、もう秋か。私は酒は昔より飲ななかったが、というより飲めない体質だから当然、朝酒はしない。 だから朝湯はしても、「朝寝、朝湯が大好きな」ナン
今や、煙管 (きせる) と言っても分かる人は少なくなったと思われる。芥川龍之介に 『煙管』 という面白い短篇がある。今回は、その話ではない。***現在のJRを国鉄と言った頃の話だ。その頃、鉄道に、薩摩守(さつまのかみ)という、言わば隠語があった。これも