昨夜、TV BSで、何とかいう女優さんによるアイルランド紀行番組をみた。そしたらエンヤが出た。そこで、昔、家内が買ったCD『ENYA/WATERMARK 』が捨てず未だあったので聴いてみた。ネットで調べると『1988年にリリースされたエンヤの記念すべきデビュー・アルバ
この「事件」については既にメディアで放送されているから詳細は省略。***「過労」で自殺した娘さんの真の事情は所詮他人には窺がい知れないが、たぶん追い詰められた結果であろう。死ぬくらいなら会社など辞めてしまえばいいのに、と私は無責任に思う。どんな手
加藤和彦は首つり自殺したが、遺書に『死にたいというより、消えてしまいたい』と書いてあったそうだ。***原節子は今年の九月に亡くなっていたという。探偵好きな世間が、よく今迄、彼女の死を知らなかったのには、ちょいと驚く。彼女らしい死に様だが、彼女
私は阿呆である。Aという心配が済めば、Bという心配をしだし、それが済むと、Cという心配をしだし、それが済むとDという心配をしだし・・・、つまり私は心配を常に探している阿呆である。だから、毎日毎日が不安の日々の連続であり平穏なときがない。***そんな阿
或る人が紹介してくれた長編海外小説を読んでみたが内容云々以前に、登場人物のカタカナ名が私は覚えられず十頁足らずで挫折した。我が青春時、『罪と罰』だったか其の和訳・・・当然だよ・・・もカタカナが多すぎて嫌気がさし、これも始めの五頁で放り投げたものだ
といっても私は此の人については無知。ただ、BSで2001年の東京公演が放送され、私はそれを録画しているものだから時々其れを視聴しているだけ。今日は冷たい小雨が降り続いている。どんよりとした厚い雨雲が私の神経を更に疲れさせている。なにも、やる気がお
私の「好きな言葉」に『Study to be quiet』がある。この言葉は開口健から教わった言葉だ。彼の晩年の、TVの魚釣り番組からだった。彼は海外での、ルアーによる大物釣りだけに凝っていた。魚釣りには、よくあることだが、坊主である(何も釣れない)ことが多
私は深沢七郎の『楢山節考』は読んではいない。確か木下恵介(昭和33年制作)の映画はみている。70歳になって山に捨てられる老女は田中絹代が演じていたのも記憶している。Wikiによれば、この小説は以下のように紹介されている。------------------------------
『平家物語』に『鬼界が島』に追放された俊寛僧都の有名な話がある。知る人ぞ知る悲話であるが、有王は都へ生還し俊寛の娘に会う。その箇所を『平家物語』は以下のように簡潔に記述している。---------------------(前略)その後都へ上り、僧都の御女の忍んで
『鬼の研究』(馬場あき子)に、能『鉄輪の女』の記載がある。(原典は『平家物語:剣の巻:鉄輪の女』) 以下に其の一部を引用する。----------------------------嵯峨天皇の代の頃、ある公卿の女、あまりに妬み深く、貴船に七日籠り鬼になることを求めたところ
今から何十年か前の或る夏、NHKラジオの日曜名作座という番組で、百鬼園夜話と題された語りが放送された。日曜名作座は知る人ぞ知る長寿番組で当時、森繁久彌と加藤道子が担当していた。その夏の或る週の毎日曜日の夜、一話限りの語りが放送された。その頃
小池真理子の小説が好きな方はスルーされたし。----ネットで何気なく見ていたら此の人は『幻想怪奇小説』を書くらしい。私は其のテのものが好きだから、図書館で何冊か借りて読んだ。『ソナチネ』『千日のマリア』『怪談』。いずれも幾つかの短篇から構成され
鈍感な人は常にいるものだ。私も其の一人だが、例えば、以下の例で示す人は私に言わせれば、やはり鈍感な人と言わざるを得ない。-------------------------『盆踊り』という題の日記があるとする。そこに以下の俳句がコメントとして書き込まれたとする。『鮎
『一言芳言』という、中世における念仏者たちの言を集めた聞書集がある。その中に有名な下記の言がある。-----------------------------------有(ある)人云く、比叡の御社(おんやしろ)に、いつはりて、かんなぎのまねしたる、なま女房の、十禅師の御前にて、
本書の内容は以下のように紹介されている。------------------------------------------世を避けて隠れ忍ぶ村里――かくれ里。吉野・葛城・伊賀・越前・滋賀・美濃などの山河風物を訪ね、美と神秘のチョウ溢(チョウイツ)した深い木立に分け入り、自然が語りか
先日の私の日記で----------------------------『凡てを癒す「時」の流れに従え』と漱石は言う。----------------------------と書いた。この漱石の文言に似た文言を何処かで見かけた気が私はした。果たして其れはあった。私は『成語林』という故事・ことわざ
『硝子戸の中』の六章〜八章は、漱石の死生観がよく表現されていると私は思う。このエッセーが書かれたのは大正四年の一月十三日から同年二月二十三日まで。一方、『明暗』は大正五年の五月二十六日から同年十二月十四日で未完となる(漱石の死亡による)。 従
『明暗』と『続明暗』(水原美苗著)を読んだ。実は私は何十年か前にも一度読んだのだが、断片しか覚えていず、今回初めて読んだと言ってもよい。私は漱石の小説は『門』がお気に入りだが、この『明暗』も面白かったという記億は残っていた。そこで再読したのだ
掲題の本には『能物語』という副題がついている。この本は能楽の、幾つかの演目を、現代語の文章として『翻訳』したものである。著者は序章で、能楽は観るものであって読むものではないと、あらかじめ断っている。では何故著者は、文章として『翻訳』したかと
掲題の本は『リーマン予想』の一般読者向けの解説書である。著者は此の本を読んで『リーマン予想』が何を意味しているか理解できなければ、どの本を読んでも理解できないだろうと断言している。なるほど、この本では高校の数学にもどって、懇切丁寧に必要な数学の基礎
咳をしても一人これは有名な尾崎放哉の俳句。以下はWikpediaに掲載されている尾崎放哉の人物像だ。-----------------------------------吉村昭によると、性格に甘えたところがあり、酒がやめられず、勤務態度も気ままなため、会社を退職に追い込まれたという
BSで最近再放送されたので録画しておいたのを私は昨日観た。実は私が此の映画を観るのは2回目である。ともかく面白いからだ。映画の内容は割愛する。wikiによれば、------------------------------------------------本作品の主テーマが尊厳死や安楽死にある
私が通った中学校は、***大学教育学部付属###中学校であった。其の大学の卒業予定者たちが、小or中学校の教師になるための教育実習として、上記の中学校に赴任してきた。付属中学校は当地近辺に複数あったから、私が通っていた中学校には10名程度の実習生が
私にとっては初めて観たワーグナーの楽劇だったので今でも、それを印象深く覚えている。それは確かNHK BSが放送開始の目玉番組として放送したもので、演出はパトリス・シェロー、バイロイト祝祭管弦楽団で指揮はピエール・ブーレーズ。なにごとも初体験という
人生の換え難き時期が青春期だとするならば、その時期でなけれは制作不能の思われる映画の典型として私は此の映画を挙げる。若きデヴィッド・リンチが5年の歳月をかけて、自身が監督・脚本・美術・編集をして作りあげた1977年(米国公開)の映画だ。この映画は
たぶん多くの人が覚えているだろうが、2008年6月8日、秋葉原通り魔事件が起きた。昼日中、加藤某なる青年が秋葉原の交差点へ、2トントラックで突っ込み、横断中の人々を無差別に殺傷した事件であった。その事件の数日後、或る作家が或る詩人の詩を当地の新聞
『あゆやどで さつまなまりを といかえし』***もう20年以上も前のことだがNECのPC-VANの或るSIG (此のサイトのコミュニティのようなものだが) で、郡上八幡が話題に上がった。此のSIGには5,6名の常連がいた。私も其の一人だったが、その常連の一人に、確か「たねり」
私はメンデルスゾーンの『無言歌集』のCDをもっている。大きな声では言えないが此れは、昔、図書館から借りてダビングしたものだ。このCDの原盤?は、図書館の音楽教材の棚に並んでいたものだった。つまり、ピアノ演奏の初心者向けの教材らしいCDだった
私は学生時代・・・今から半世紀程前だが・・・大学の生協で買った『墨東綺譚』(永井荷風)の文庫本を今でももっている。 私としては稀有なことだ。私は永井荷風が特に好きなわけでもないのだが、今でも記憶していることがある。私が高校生の時だったと思うが
・特に能の般若の面について。私は古文の知識が皆無といってよいから、馬場あき子の『鬼の研究』を理解できたとは、とても言えないが、ある程度は理解できた。先ず文章だが、読んでいて痛感するのは、その文章の陰翳の濃さだ。それは著者が歌人だからだろう。