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2008年06月25日10:56

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【音楽】Schubert: P-Sonata#21, Trois Klavierstucke@Emmanuel Strosser

今回もピアノ。昨今ではLa Folle Journée au Japonに出演しているので日本でも馴染みが出てきているであろうシュトロッセの新譜から。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/2692602

シューベルト:
・ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D.960
・3つの小品 D.946
 エマニュエル・シュトロッセ(ピアノ)

ライナーに出ているシュトロッセの略歴を見ると、師事していたピアニストはHélène Boschi(エレーネ・ボッシ)とある。LPレコードの時代、エラートやスプラフォン・レーベルで活躍した正統派女流で、ストラスブールを拠点としていた。独奏やトリオなど数枚を持っていた記憶があるが、今や故人となり既に幻のピアニストの感があって、探してもめぼしい音源はCDで残っていない。

このCDの曲目を見ると、ソナタ21番は番号を持ったソナタの最終曲、三つの小品も晩年、いや逝去した年に作曲されたとするもので、どうやらシューベルト辞世の曲を弾いて鎮魂しようという趣旨ではないだろうか。

シュトロッセの弾くシューベルトは静謐で流麗、とても理性的な解釈なのだが内面的な描き込みが丹念であるため、訥々と歌われる歌曲のようにどこか引き込まれるものがある。先のフレディ・ケンプのようなヴィルトゥオーゾでは決してないのであるが、燻し銀のような地味で仄かな光沢は何とも言えない気品があるのだ。

白眉はD.946の三つのimpromptuで、特にNo.1が凄い。死の年に書いたとされるのだが、確かに寂寥感が漂ってはいるものの、力強くて激しい部分と静寂な表現が複雑な襞を形成して入り交じる名曲だ。燃え尽きる前の蝋燭の炎といった風情であろうか。

シュトロッセはこれを内省的な描写でもって、激しい起伏を極力抑えながら弾いている。短調と長調の頻繁な交代もコントロールの効いた均質なタッチで求心的に弾き抜けていくのだ。素晴らしいの一言。

No.3の連続シンコペーションは僅かに荒さのあるタッチだが、これもダイナミックなアチェレランドが印象的な秀逸な演奏といえる。

(録音評)
MIRAREレーベル、MIR025、録音は2005年6月とちょっと古い。ピアノとの距離は割と中庸だ。リアリティ豊かな録音で、ピアノの外形が見えてしまうほどだ。だが、輪郭を強調することにより臨場感を演出しているのではなく、あくまでも直接波と残響の調合により定位感を得ている。尚、このCDはピアノ録音としてはちょっと変わっていて、楽器は中央より右側に定位する。

では、中央には何があるかというと、シュトロッセが演奏する姿形がそこに定位するのである。ピアノを弾く気配と所作、瞑想的に鍵盤に向かって腕を振り下ろしている動作や時折微かな鼻声でハモっているシュトロッセの姿が確かに克明に収録されているのである。このような「無音」をセンター定位させようと試みた録音には初めて遭遇したと思う。

あなたのオーディオ装置のセンターにはシュトロッセの姿が果たして定位するであろうか?
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